こんにちは!
全国各地のご朱印、お城印集めが趣味の神宮寺城一郎です!
御朱印帳づくりに携わる者として、もっと御朱印集めが楽しくなるように、訪れた寺社仏閣の魅力や、私たちが手がける御朱印帳のこともお届けしています。
今回訪れたのは、香川県にある「善通寺」です。
真言宗善通寺派の総本山で、弘法大師・空海の生誕地として知られる非常に由緒あるお寺です。また、四国八十八ヶ所霊場の第75番札所でもあります。
この記事では、善通寺の御朱印のいただき方をはじめ、実際に参拝して感じた見どころや参拝のポイントについてレビューしていきます。
どうぞ最後までお付き合いください。
弘法大師御誕生所でいただく一枚【善通寺の御朱印】のいただき方
善通寺の御朱印は、西院にある納経所でいただくことができます。
善通寺の境内はとても広く、大きく東院と西院に分かれています。納経所があるのは、弘法大師空海の御誕生所として知られる西院、誕生院のエリア。境内西側の駐車場から向かう場合は、済世橋を渡って参道を進み、鐘楼堂の奥へ。東側から参拝する場合は、仁王門を入ってすぐ右手に進むと納経所へ向かうことができます。
納経・御朱印・彩色御影は、こちらの納経所で受け付けています。受付時間は午前8時から午後5時まで。四国霊場の札所らしく、お遍路さんや参拝者が訪れる場所でもあるため、御朱印をいただきたい方は時間に余裕を持って参拝するのがおすすめです。

納経所に入り、御朱印帳をお預けして御朱印をお願いします。納経料は500円で、直書きで頂きました。
善通寺では、広大な境内に祀られている複数の仏様の御朱印をいただくことができます。その中で今回私が拝受したのは、「弘法大師」の御朱印です。
御朱印には、まず「同行弐人」の朱印が押されています。これは四国遍路でもよく知られる言葉で、巡礼の道を歩く人はいつも弘法大師とともにある、という意味を持つ言葉です。善通寺が弘法大師御誕生所であることを思うと、この言葉がより深く響いてきます。
中央には、弘法大師を表す梵字「ユ」の朱印。そして「弘法大師御誕生所屏風浦善通寺之印」の朱印が押されています。墨書きでは、「御誕生所」「参拝日付」「弘法大師」「善通寺」と書き入れられており、弘法大師空海ゆかりの地で参拝した証として、とてもありがたい一枚です。

善通寺は、四国八十八ヶ所霊場第75番札所であり、弘法大師空海の御誕生所として全国から信仰を集める名刹です。その納経所でいただく御朱印は、単なる参拝の記念というだけでなく、お大師さまとのご縁をあらためて感じさせてくれるものでもあります。
善通寺の広大な境内には、東院の金堂や五重塔、西院の御影堂をはじめ、弘法大師ゆかりの場所が点在しています。お遍路さんの姿も多く、境内を歩いているだけでも、四国霊場ならではの信仰の厚みを感じられます。
善通寺の納経所でいただく御朱印は、単なる参拝の記念というだけでなく、お大師さまとのご縁をあらためて感じさせてくれる一枚です。今回いただいた「弘法大師」の御朱印は、弘法大師空海の御誕生所で参拝した証として、御朱印帳の中でも特別な存在感を放ってくれます。
そんな善通寺の参拝に持参したいのが、落ち着いた黒地に金のきらめきを散りばめた御朱印帳です。
善通寺の参拝に持参したい御朱印帳
「金剛力士像柄」御朱印帳
今回ご紹介するのは、黒地の表紙に金色で金剛力士像を箔押しした「金剛力士像 箔押し御朱印帳」です。
金剛力士は、仏法を守護する存在。参拝のはじまりに仁王門をくぐり、納経所で御朱印をいただく善通寺の参拝には、まさにふさわしい意匠といえるでしょう。
また、善通寺でいただく弘法大師の御朱印には先にご紹介したように、「同行弐人」や弘法大師を表す梵字、「御誕生所」の墨書きが入ります。お大師さまとのご縁を感じる一枚を、仏教の守護神である金剛力士像の御朱印帳に収めれば、参拝の記憶がより力強く、印象深く残るはずです。
表紙には「金剛力士像」阿形(あぎょう)と吽形(うんぎょう)を箔押しでダイナミックに表現。黒地に浮かび上がる金色の姿は力強く、善通寺の仁王門で感じる厳かな空気ともよく重なります。また、御朱印帳を開けば、表と裏に描かれた阿形と吽形が向かい合うデザイン。まるで門の前に再び立ったかのような迫力が蘇ります。


大判サイズなので御朱印をゆったりと収めやすく、寺院巡りや四国霊場巡りにも心強い一冊。重厚感のあるデザインで、善通寺のような由緒あるお寺の参拝にもよく合います。
中面は墨がにじみにくい上質な和紙を使用。思い出とともに、ひとつひとつの御朱印を大切に収めていくのにふさわしい一冊です。
この御朱印帳を持ち歩くだけで、護法善神がいつでもそばにいるようです。
この御朱印帳は、Amazonや楽天市場でも購入できます。善通寺参拝のお供に、ぜひ手に取ってみてください。
さて、最初に御朱印を紹介しましたが、御朱印は本来参拝を済ませてから頂くもの。
ここからは善通寺参拝のためのアクセス方法のほか、寺院の魅力や見どころ、御朱印を頂くところまでをたっぷりとご紹介していきます!
どうぞ最後までごゆっくりお楽しみください!
善通寺へのアクセスと基本情報
【善通寺の所在地】
〒765-8506 香川県善通寺市善通寺町 3-3-1
【善通寺の電話番号】
0877-62-0111
【善通寺へのアクセス】
JR善通寺駅より徒歩約20分。タクシー約3分。
もしくは市民バス(無料)を利用して約8分
【善通寺の駐車場】
境内の西側に参拝者駐車場あり。最大収容台数は350台。
●利用可能時間:午前8時~午後6時
●料金:普通車300円
善通寺のご由緒
善通寺は、正式には「屏風浦五岳山 誕生院 善通寺(びょうぶがうら ごがくさん たんじょういん ぜんつうじ)」と号する、真言宗善通寺派の総本山です。
山号の「五岳山」は、寺の西側に連なる5つの山に由来しています。香色山(こうしきざん)、筆山、我拝師山(がはいしざん)、中山、火上山(ひあげやま)。これらの山々がまるで屏風のように並んでいることから、この地は古くから「屏風浦」と呼ばれてきました。
善通寺を語るうえで欠かせないのが、弘法大師空海がお生まれになった場所であるということです。院号の「誕生院」も、まさに空海誕生の地であることを表しています。そのため善通寺は、京都の東寺、和歌山の高野山と並ぶ「弘法大師三大霊跡」のひとつと称され、古くから多くの人々の信仰を集めてきました。
寺伝によると、空海は唐から帰国した後、父である佐伯善通(さえき よしみち)から寄進された土地に寺院を建立したと伝えられています。その際、唐の長安で師であった恵果和尚(けいかかしょう)が住んでいた青龍寺を手本にしたのだそうです。
そして弘仁4年(813年)に落慶したと伝えられ、父の名である「善通」にちなんで、「善通寺」と名付けられました。
現在の善通寺は、四国八十八ヶ所霊場第75番札所でもあります。弘法大師空海の御誕生所であり、四国遍路の札所でもあるこの場所は、お大師さまとのご縁を深く感じられる、四国でも特別な霊場といえるでしょう。
ここから「善通寺」の参拝リポートがスタート!
弘法大師生誕の地【善通寺の見どころ】
高知での仕事を終えた帰り道、香川県善通寺市で途中下車することにした。
今回の目的は、弘法大師空海御誕生の地として知られる「善通寺」への参拝である。四国八十八ヶ所霊場第75番札所であり、弘法大師三大霊跡のひとつにも数えられる名刹。以前から一度ゆっくり訪れてみたいと思っていた場所だ。
列車を降りたのは、JR善通寺駅。

【JR善通寺駅】弘法大師御誕生所へ向かう参拝の起点
降り立ったこの駅もまた、善通寺参拝の入口にふさわしい歴史を持っている。JR善通寺駅は、明治22年(1889年)5月、讃岐鉄道会社の駅として開業した。当時は琴平、多度津、丸亀を結ぶ約15.5kmの鉄道で、善通寺や金刀比羅宮への参拝客が多く利用していたことから、「巡拝鉄道」とも呼ばれていたという。
今でこそ「上り列車」といえば一般的に高松方面などを思い浮かべるが、当時は琴平方面へ向かう列車が「上り」とされていたそうだ。参拝客の流れが、鉄道の呼び方にも影響していたのだと思うと面白い。
その後、明治39年(1906年)に国有鉄道法によって国に買収され、大正11年(1922年)秋には陸軍大演習の開催に合わせて駅舎を大改築。さらに平成3年(1991年)にも改築され、屋根は寄棟造になったものの、表玄関やホームには大正時代の木組みが今も残されている。
平成14年(2002年)には、駅の本屋、1番ホーム上屋、2番ホーム上屋、跨線橋が国の登録有形文化財に指定された。さらに平成21年(2009年)には、経済産業省の「近代化産業遺産」にも選定されている。

駅舎を眺めていると、単なる最寄り駅というより、善通寺の門前へ人々を運んできた歴史そのもののように感じられる。お遍路さん、参拝客、地域の人々。長い年月の中で、さまざまな人がこの駅に降り立ち、善通寺へ向かったのだろう。
駅前にはタクシーが2台停まっていた。ただ、この日は天気がいい。せっかくなので、善通寺まで歩いて向かうことにした。駅から善通寺までは、西へまっすぐ。のんびり歩きながら、弘法大師御誕生所への参拝を始める。
【桜の大樹と空海生誕の碑】駅前で出迎える歴史の記憶
善通寺駅を出て周囲を見渡すと、駅の東側にある駐車場の一角に、大きな桜の木が立っていた。
この桜は、かつて駅の東側、現在の善通寺多度津線を挟んだあたりにあった旧陸軍第11師団の将校官舎の庭に咲いていたものを移植したと伝えられている。
善通寺駅は、戦前には東側からも出入りすることができ、この場所では出征兵士の見送りが行われていたという。「赤紙」と呼ばれる召集令状によって多くの兵士が戦地へ向かうことになった。日の丸の旗を持った家族や地域の人々に見送られ、駅前では盛大な壮行会も行われていたそうだ。この桜は、そうした出征兵士たちを見送り、そして残された家族の姿も静かに見守ってきた木なのだろう。
今では、毎年春になると美しい花を咲かせ、善通寺市を訪れる人々を華やかに迎えてくれる。市の玄関口である善通寺駅のホームからも目を引く大樹であり、駅前の風景にやさしい彩りを添えている。
その桜のそばには、「弘法大師空海生誕1250年」の碑も立っていた。

令和5年に行われた弘法大師御誕生1250年記念事業の一環として建立されたもののようだ。弘法大師空海の誕生年は宝亀5年(774年)とされているので、2024年がちょうど1250年にあたることになる。

【善通寺駅からの道のり】五重塔を目印に歩く参拝の道
善通寺駅を出て、総本山善通寺へ向かって歩き始める。駅から善通寺までは、まっすぐ西へ進む比較的分かりやすい道のりだ。

しばらく歩いていると、左手に四国学院大学のキャンパスが見えてきた。
四国学院大学は、善通寺市にある私立大学で、地域に根ざした学びの場として知られている。道沿いからは、レンガ造りの校舎や、どこか異国情緒を感じさせる建物も見え、落ち着いたキャンパスの雰囲気が伝わってくる。善通寺への参拝道中に大学のキャンパスがあるというのも、この街ならではの風景だ。

さらに道を進むと、右前方に五重塔の姿が見えてきた。
JR善通寺駅から善通寺までは、歩いておよそ20分ほど。駅からのアクセスもよく、道中には四国学院大学のキャンパスや、善通寺のシンボルともいえる五重塔を眺めつつ、街の歴史や空気を感じながら歩ける。

【南大門】四天王に守られた善通寺の正門
南大門は、東院、つまり伽藍の南に位置する善通寺の山門(正門)だ。現在の建物は、日露戦争の戦勝を記念して明治41年(1908年)に再建されたものだという。
門の形式は「高麗門」と呼ばれる造りで、高さは9.7m。堂々とした佇まいで、これから弘法大師空海御誕生所である善通寺へ入っていくのだという気持ちを高めてくれる。正面上方には、善通寺の山号である「五岳山」の扁額が掲げられている。

細部にも見どころが多い。門のてっぺんにある棟積の水板部分には、龍、迦陵頻伽(かりょうびんか)、鳳凰が立体的に表されている。さらに四隅の軒先には、四天王像が鎮座している。
南東に持国天、南西に増長天、北西に広目天、北東に多聞天。門を守るように配された四天王の姿を見ていると、ここがただの入口ではなく、仏法を守護する結界のような場所であることが感じられる。
一礼して、南大門をくぐる。

【広大な境内】東院と西院に広がる弘法大師ゆかりの大伽藍
南大門をくぐって境内に入ると、まず右前方にそびえる五重塔の姿に目を奪われる。
善通寺駅から歩いていても遠くから見えていたが、境内に入って間近に眺めると、その存在感はさらに大きい。広い空に向かってすっと伸びる姿は迫力があり、善通寺を象徴する建物のひとつであることがよく分かる。思わず立ち止まり、しばらく見入ってしまった。

境内案内図を確認すると、いま自分が南大門から「東院」に入ったことが分かる。
善通寺の境内は大きく分けて、東院と西院の2つのエリアに分かれている。五重塔や金堂があるのが東院。いわゆる伽藍の中心となるエリアで、堂々とした建造物が並ぶ、いかにも大寺院らしい空間である。
一方、西院は「誕生院」とも呼ばれ、弘法大師空海がお生まれになった場所と伝えられるエリアだ。そこには御影堂(みえいどう)が建ち、お大師さまの御誕生所として深い信仰を集めている。
つまり善通寺は、東院で大伽藍の荘厳さに触れ、西院で弘法大師空海の御誕生所としての特別な空気を感じることができるお寺なのだ。


境内は想像以上に広く、ただ順路に沿って歩くだけでも見どころが多い。四国八十八ヶ所霊場第75番札所であり、弘法大師三大霊跡のひとつと称される名刹。その大きさと奥行きを、境内に入ってすぐに実感することになった。

【五重塔】善通寺の空にそびえる木造塔
まずは東院から参拝する。
善通寺市といえば、この五重塔を思い浮かべる方も多いのではないだろうか。
善通寺の五重塔は、基壇から相輪までの高さが約43m。国内の木造塔としては有数の高さを誇るという。総けやき造りの堂々とした塔で、香川県を代表する歴史ある五重塔とされている。
創建以来、倒壊や焼失によって再建を繰り返してきた五重塔。現在の塔は4代目で、明治17年(1884年)に着工し、明治35年(1902年)に完成したものだという。100年以上の時を経た今も、善通寺の象徴として境内に存在感を放っている。
塔の内部には、密教思想の中心的存在である五智如来が安置されているという。1階の壇上には、心柱を囲むように4体の仏さまが祀られており、東に阿閦如来、南に宝生如来、西に阿弥陀如来、北に不空成就如来。そして、五智如来の中心となる大日如来は、5階の厨子内に安置されているそうだが、こちらは非公開とのこと。

この五重塔には、一般的な木造多層塔とは異なる特徴がある。ひとつは、五層すべての階の天井が高く造られ、人が立って歩ける構造になっていること。かつては5階まで上がり、そこからの眺めを楽しむこともできたそうだ。
もうひとつは、「懸垂工法」と呼ばれる構造。塔の中心を通る心柱は、通常であれば塔全体を支える重要な部材と思われるが、善通寺の五重塔では、その心柱が基礎の礎石から浮いている。5層目の屋根裏から鎖で吊り下げられており、周囲の部材とは構造的につながっていないという。その役割はいまだ解明されていないそうで、外観の美しさだけでなく、構造にも不思議な魅力がある。
毎年ゴールデンウィークには、1階と2階の内部が特別公開されている。堂内の仏さまを拝観できるほか、心柱が礎石から浮いている様子も見られるという。
善通寺の広大な境内の中でも、この五重塔はやはり特別な存在感を放つ見どころである。
【五百羅漢の石像】東院をぐるりと見守る表情豊かな羅漢像
東院の境内を歩いていて、思わず足を止めたのが五百羅漢の石像である。
赤門の横に並ぶ石像を見て、「おお、五百羅漢だ」と思ったのだが、よく見るとそれだけではない。東院の四方を囲む塀に沿って、ずらりと羅漢像が続いている。歩いても歩いても羅漢像。これはなかなかの迫力だ。
羅漢とは、仏教の修行を終え、悟りの境地に至った人のことをいう「阿羅漢」を略した言葉である。五百羅漢は、お釈迦さまの入滅後に行われた仏典編集会議に集まった500人の聖者に由来するとされている。
善通寺の金堂には、かつて御本尊の薬師如来を囲むように五百羅漢が祀られていたという。江戸時代後半につくられたもので、現存する108体は、現在、御影堂の北にある護摩堂横の回廊に移されている。

東院の塀沿いに並ぶ石像の五百羅漢は、平成18年(2006年)、善通寺創建1200年の記念事業の一環として建立されたものだ。多くの人々の寄進によって完成した羅漢像で、一体一体に個性がある。
実際に見て回ると、表情も顔立ちも実にさまざまだ。穏やかな顔、少し厳しい顔、どこかユーモラスな顔。なかには、思わず「こんな人、どこかで会ったことがあるような……」と思ってしまう像もある。
五百羅漢の中には、親しい人や懐かしい人に似た顔が必ずあるともいわれている。そう聞くと、つい一体ずつじっくり眺めたくなる。自分に似た顔を探してみるのも面白いかもしれない。
東院をぐるりと取り囲むように並ぶ五百羅漢像は、善通寺の境内を静かに見守っているようでもあり、参拝者をやさしく迎えてくれているようでもある。五重塔や金堂の迫力に目が向きがちだが、この五百羅漢もぜひ忘れずに歩いて見ておきたい見どころである。

【国指定重要文化財・金堂】御本尊の薬師如来を祀る善通寺の本堂
東院の境内をめぐり、善通寺の本堂である金堂へ向かう。

金堂は伽藍、つまり東院の中央に位置するお堂で、善通寺の御本尊である薬師如来坐像が祀られている。現在の建物は、元禄12年(1699年)に再建されたものだ。
建築様式は、桁行三間、梁間二間、一重裳階(もこし)付入母屋造。正面と両側面には火灯窓、または花頭窓と呼ばれる特徴的な窓が配され、その上部には「ゆらぎ」のある連子欄間が施されている。禅宗様の建築様式を伝える貴重な建物として、国の重要文化財に指定されている。

まずは金堂正面左にある手水鉢で手を浄める。

その近くに線香差しがあり、様々な線香が用意されていた。1本100円。
今回は「商売繁盛」と「身体健全」の線香を購入した。

立ちのぼる煙を手でそっと寄せ、からだじゅうにお香の香りを浴びる。寺院を参拝するとき、この所作をすると心身がすっと整うような気がする。


身を浄めたところで、いよいよ金堂へ参拝する。
善通寺は弘法大師空海の御誕生所として知られる名刹だが、東院の中心に建つこの金堂は、寺そのものの重みを感じさせる場所である。


金堂の中は撮影禁止。堂内には、高さ約3メートルの金色の薬師如来坐像が安置されていた。外から見る金堂も立派だが、堂内で御本尊を前にすると、また違った厳かさがある。薬師如来に身体健全を願いながら、しばし堂内の空気に身を置いた。
お賽銭を入れ、静かに手を合わせる。

なお、金堂の御守所には、御朱印は西院の納経所でいただけるとの案内が出ていた。善通寺の境内は広いので、御朱印をいただきたい方は、参拝後に西院の納経所へ向かう流れを覚えておくとよいだろう。


【大楠】千年以上の時を刻む善通寺の御神木
善通寺の境内には、香川県の天然記念物に指定されている2本の大楠がある。ひとつは、南大門を入ってすぐ左手に立つ大楠。もうひとつはその西北、五重塔を背にして正面に見える「五社明神大楠」である。
南大門近くの大楠は、高さ約15m。幹の太さは、地上1.5mのところで約11mもあるという。大きく枝を広げる姿は堂々としており、長い年月にわたって善通寺を訪れる人々に木陰を与えてきたことが伝わってくる。
樹齢は千数百年ともいわれ、弘法大師空海がお生まれになった頃には、すでにこの地で生い茂っていたとも考えられている。そう思うと、ただの大木ではなく、善通寺の歴史そのものを見守ってきた存在のように感じられる。

一方の五社明神大楠は、高さ約17m。幹の太さは、地上2.3mのところで約10mあるという。五社明神は善通寺領の安泰を守る氏神で、その根元には社殿が祀られている。
実際に目の前に立ってみると、こちらの五社明神大楠のほうが、より大きく、幹も太く感じられた。根元から立ち上がる幹の力強さ、空へ向かって広がる枝ぶり。その姿には、木そのものから静かなオーラが放たれているような迫力がある。
ちなみに、クスノキは善通寺市の「市の木」でもある。善通寺というまちにとっても、この大楠は特別な存在なのだろう。

【観智院】安産・子育ての守護仏として親しまれる子安観音
東院を後にし、中門をくぐって西院へ向かう。その途中、西院の仁王門の手前に建っているのが観智院である。安産・子育ての守護仏として親しまれている寺院で、「子安観音」とも呼ばれているそうだ。
創建は大同2年、弘法大師空海によるものと伝えられている。善通寺が最盛期を迎えた弘安年間には、境内周辺に49の塔頭が点在していたという。その中で観智院は、当時「十善坊」と称し、善通寺内の塔頭の筆頭として、一山の寺務を担っていたとされる。中世に入ってから、現在の「観智院」という院号に改められたのだとか。
御本尊の観音さまは、子安観音として信仰を集めている。もとは高松藩主・松平公の側女が尼となって住んでいた庵の御本尊を移したものと伝えられているそうだ。

観智院は大正2年に火災で全焼し、大正14年に再建されて現在に至っている。再建にあたって、高松市の大護寺から移されてきたのが十一面観世音菩薩。その脇には、十一面観世音菩薩を守り補佐する不動明王と、弘法大師の像も並んでいるという。
御本尊の十一面観世音菩薩は秘仏で、普段は厨子の中に安置されており、基本的には拝観することができない。令和5年には、弘法大師空海生誕1250年を記念して初めて御開帳が行われたそうだ。
観智院は、善通寺内塔頭の筆頭としての由緒も持つお寺である。東院の大伽藍とはまた違い、西院へ向かう道すがらに静かに佇むその姿からは、安産や子育てを願う人々に寄り添ってきた長い信仰の歴史が感じられた。

【国登録文化財・仁王門】西院を守る金剛力士像と大草鞋
観智院を過ぎると、西院、つまり誕生院の正門にあたる仁王門が見えてくる。
仁王門の前には石橋が架かっている。この橋は、かつて毎月20日のみ通行できたことから「廿日橋(はつかばし)」と呼ばれているそうだ。西院へ入る前から、善通寺ならではの歴史が感じられる。

現在の仁王門は、明治22年(1889年)に再建されたもの。門の正面左右には、本来であれば金剛力士像、いわゆる仁王像が安置されている。
善通寺の金剛力士像は寄せ木造りで、右が口を開いた阿形、左が口を閉じた吽形である。長らく江戸時代初期の作と考えられていたが、修理時の記録や像内部の銘文などから、南北朝時代の応安3年(1370年)にまでさかのぼる可能性があるとされている。もしそうであれば、善通寺の長い歴史を物語る非常に貴重な仏像である。
ところが、この日仁王門を訪れてみると、肝心の仁王像の姿が見当たらない。
説明書きを読んでみると、台座が崩れたため、現在は調査と修理のために仁王像を一時的に避難させているとのことだった。善通寺の参拝にあわせ、金剛力士像を間近で見られることを楽しみにしていたので、これは少し残念である。


仁王門をくぐって振り返ると、大きな草鞋が奉安されていた。
いわゆる「大草鞋」である。仁王門に立つ金剛力士は、仏敵や悪霊が境内に入り込むのを防ぐ守護の存在。その金剛力士の履物として奉納される大草鞋には、その大きさによって邪悪なものを退ける意味が込められているのだろう。
仁王像そのものは修理中で見ることができなかったが、大草鞋を目にすると、ここが西院を守る門であることが伝わってきた。


善通寺の参拝におすすめ!
「金剛力士像 箔押し」御朱印帳
弘法大師空海の御誕生所として知られる善通寺にぴったりの、金剛力士像をあしらった重厚感ある一冊。黒地に金色で浮かび上がる阿形・吽形の姿が、西院の仁王門を守る力強い存在感と重なり、弘法大師の御朱印を厳かに残してくれます。
【手水舎】
仁王門をくぐり、左手にあった手水舎で手を浄める。

【回廊】弘法大師の生涯をたどりながら御影堂へ
仁王門をくぐると、御影堂へと続く回廊の入口が見えてくる。
善通寺の西院にあるこの回廊は、弘法大師空海を祀る御影堂へ向かうための通路である。屋根があるため、雨の日でも濡れずに参拝できるのがありがたい。
回廊の入口と出口には、立派な唐破風が備えられている。見上げると、破風には鳳凰の意匠が取り付けられていた。羽を広げるような姿が美しく、心なしか、どこかほほえんでいるようにも見える。
回廊の屋根裏には、弘法大師の生涯を描いた絵看板が掲げられている。生誕から入滅までの歩みをたどるように並んでおり、御影堂へ向かいながら、お大師さまの人生を少しずつ振り返ることができる。

弘法大師空海は、804年、31歳のときに遣唐使の一人として唐へ渡った。同じ第18次遣唐使一行には、のちに天台宗を開く最澄もいたという。唐では高僧から、「この世の一切を遍く照らす最上の者」という意味を持つ「遍照金剛(へんじょうこんごう)」の名を授けられたと伝わっている。

そういえば、西院の仁王門の扁額には「遍照金剛閣」と書かれていた。「遍照金剛の御殿」という意味になるのだろう。門の名と回廊の絵看板が、自然に弘法大師の歩みへとつながっていく。

帰国後、空海は善通寺を創建したと伝えられている。その後、高野山に金剛峯寺を開き、真言宗を開宗。さらに、四国遍路の祖として広く信仰されている。

ちなみに「弘法大師」という名は、空海の没後に朝廷から贈られた諡号である。現在では弘法大師の名で親しまれているが、こうして回廊に掲げられた絵を見ながら歩くと、空海という一人の人物の生涯が、より身近に感じられる。

【国登録文化財・御影堂(みえどう)】弘法大師空海御誕生所に建つ誕生院の中心
回廊を抜けると、西院の中心となる御影堂にたどり着く。
御影堂は、弘法大師空海が生まれた佐伯家の邸宅跡に建てられたお堂。まさに空海御誕生所の中心となる場所だ。現在の建物は天保2年(1831年)に建てられたと伝わり、昭和12年(1937年)には大規模な改修が行われている。
真言宗では、弘法大師空海のお姿を「御影(みえ)」と呼ぶ。その御影を祀るお堂であることから、「御影堂」と呼ばれているそうだ。

善通寺の御影堂に祀られている御影には、空海とその母にまつわる伝承が残されている。804年、空海が留学生として遣唐使の一団に加わり、唐へ渡ることになったとき、母・玉寄御前は、これが今生の別れになるかもしれないと大変悲しんだという。
そこで空海は、両親のために池のほとりの松の木に登り、水面に映る自分の顔を見ながら自画像を描き、形見として残したと伝えられている。その画中では、空海の背後に我拝師山から現れる釈迦如来が表されており、善通寺独自の図様になっているそうだ。
後年、土御門天皇がこの自画像をご覧になった際に「瞬目大師」の号を賜り、それ以降は秘仏として堂内に祀られ、大師信仰の対象となってきた。

御影堂の地下には、全長約100mの「戒壇めぐり」があることでも知られている。漆黒の闇の中を、左手で壁に触れながらゆっくり進み、自分自身を見つめ直す精神修養の道場である。
その中心には、空海の母・玉寄御前の部屋があったと伝えられている。空海が産声を上げ、母に抱かれて幼少期を過ごした場所とされる空間。闇の中を進んだ先で大日如来像の光に出会い、お大師さまとのご縁を結ぶ。戒壇めぐりは、闇を抜けて生まれ変わるような感覚にふれる参拝体験といえるだろう。ちなみに「戒壇めぐり」の拝観料は大人500円である。
今回は外からの参拝のみで、静かに手を合わせる。

参拝を終えたあとは、しばし西院の境内を巡ることにした。
【御影堂御守所】善通寺ならではの授与品がそろう御守所
御影堂に参拝した後、堂前にある御守所にも立ち寄ってみる。
ここはお守りや仏具、お遍路用品などが並ぶ、いわば善通寺の授与品売り場のような場所である。建物内には、実店舗でしか手に入らない公式限定商品なども用意されており、参拝後にゆっくり見て回るのも楽しい。
四国八十八ヶ所霊場第75番札所らしく、お遍路用品も充実している。白衣や輪袈裟、納経帳など、巡礼に必要な品がそろっており、これからお遍路を始める人にとっても心強い場所だ。

善通寺オリジナルデザインの納経帳や御朱印帳も販売されていた。
なかでも、七十五番札所を表す「75」の文字がスタイリッシュに描かれたオリジナル御朱印帳は、ひときわ目を引かれた。伝統ある名刹でありながら、こうした現代的なデザインの商品も展開しているところに、善通寺の懐の広さを感じる。

そのほかにも、様々なデザインのオリジナル御朱印帳が並んでいた。

最後に、納経所にて御朱印を頂いた。
【宮川製麺所】本場さぬきうどんに舌鼓
善通寺の参拝をひと通り終えたころには、ちょうど昼どきになっていた。
そういえば、先ほど納経所で御朱印をいただいているとき、別の参拝者が近くのうどん屋さんについて尋ねていた。その会話の中で耳に入ってきたのが、「宮川製麺所」という名前である。
せっかく善通寺まで来たのだから、本場のさぬきうどんを食べて帰りたい。そう思い、宮川製麺所へ向かってみることにした。
善通寺西院から歩いて10分ほどだっただろうか。道を進むと、「宮川うどん専用駐車場」と書かれた大きな駐車場が見えてきた。人気店らしく、車で訪れる人も多いようだ。
店の外観は、まさに製麺所そのもの。観光客向けに整えられた店というより、昔ながらの作業場にそのまま食べる場所を設けたような雰囲気がある。入口付近には「写真撮影はご自分のうどんだけにしてください」という貼り紙もあった。

中に入ると、人でいっぱいだった。熱気がすごい。店内には、元気のいい女性店員さんの声が響いている。
「おわんを持って、そちらで麺の大小を言ってください」
「お代は食べたあとでけっこうです。先にお腹を満足させてあげてください」
「おわんに麺が入ったら、出汁はそこで入れてください」
そう言って、大きな寸胴鍋と柄杓の方を指さしてくれる。セルフうどんの本場に来た、という感じがして楽しい。
私は、うどんの小と丸天をいただくことにした。おわんに麺を入れてもらい、自分で出汁を注ぐ。飲食スペースは、いかにも製麺所の作業場だった場所を使っているような雰囲気で、これがまたいい。気取ったところがまったくなく、地元の人も参拝帰りの人も、皆うどんをすすっている。
ひと口食べる。うまい。
麺にはしっかりコシがあり、出汁がまたおいしい。やさしいのに味わいが深く、歩いて参拝した後の体にしみわたる。一気に食べ進め、気づけば出汁まできれいに完食していた。

食べ終わったおわんを持っていき、「うどん小と丸天です」と伝えると、会計は380円。
うまくて、安い。これぞ善通寺のさぬきうどんである。弘法大師御誕生所を参拝し、御朱印をいただき、最後に本場のうどんで締める。なんとも満足度の高い善通寺参拝になった。
《宮川製麺所の基本情報》
【宮川製麺所の所在地】
〒765-0073 香川県善通寺市中村町1丁目1−20
【宮川製麺所の電話番号】
0877-62-1229
【宮川製麺所の営業情報】
●営業時間 8:00~18:00(玉切れ次第終了)
●定休日 日曜日
●座席数 20席
●駐車場 あり
●SNS Instagram(@miyagawaseimensyo)
金剛力士の迫力が善通寺参拝を力強く残す一冊【善通寺にぴったりの御朱印帳】
今回の善通寺の参拝リポートはいかがでしたでしょうか。
善通寺は四国八十八ヶ所霊場第75番札所であり、弘法大師空海の御誕生所として知られる名刹です。南大門をくぐると、広大な東院には五重塔や金堂、五百羅漢の石像が並び、西院には御影堂や戒壇めぐりなど、弘法大師ゆかりの信仰を感じられる見どころが数多くありました。
そんな善通寺の参拝にぜひ持っていきたいのが、「金剛力士像 箔押し御朱印帳」です。
善通寺の西院正門である仁王門には、本来、阿形・吽形の金剛力士像が安置されています。今回の参拝時は調査・修理のため一時的に避難されていましたが、金剛力士は仏法を守り、寺院の入口を守護する力強い存在です。弘法大師空海の御誕生所である善通寺の参拝には、まさにふさわしい意匠といえるでしょう。


この御朱印帳は、黒地の表紙に金色で金剛力士像を箔押しした重厚感のある一冊。表紙と裏表紙に阿形・吽形の姿が描かれており、手に取るだけで、寺院の門をくぐるときの凛とした空気を思い出させてくれます。
善通寺でいただく弘法大師の御朱印には、「同行弐人」や「御誕生所」の文字が入ります。お大師さまとともに歩むという意味を持つ一枚を、仏教の守護神である金剛力士像の御朱印帳に収めれば、参拝の記憶がより力強く、印象深く残るはずです。
大判サイズなので御朱印をゆったりと収めやすく、善通寺のような由緒ある寺院はもちろん、四国霊場巡りや各地の寺社参拝にも心強い一冊です。黒と金の落ち着いたデザインは、派手すぎず、それでいてしっかり存在感があります。
この御朱印帳はAmazonや楽天市場でも購入できます。善通寺参拝のお供に、ぜひ手に取ってみてください。
ステキな御朱印帳を片手に、楽しい御朱印集めに出かけましょう!
神社やお寺に行くたびに、その雰囲気や歴史に触れるのってワクワクしませんか?そんな旅の思い出をカタチに残せるのが御朱印です!力強い筆文字や、神社ごとに異なる印影など、御朱印の1つ1つには訪れた場所の個性やストーリーがギュッと詰め込まれています。そして、御朱印帳をパラっと開けば、訪れた際の風景や空気感が一瞬で蘇ります!

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