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全国各地のご朱印、お城印集めが趣味の神宮寺城一郎です!
御朱印帳づくりに携わる者として、もっと御朱印集めが楽しくなるように、訪れた寺社仏閣の魅力や、私たちが手がける御朱印帳のこともお届けしています。
今回訪れたのは、東京都台東区に鎮座する「下谷神社」です。都内で最も古いお稲荷さんとされる、長い歴史を持つ神社です。
下谷神社は、上野や浅草にも近い都心の一角にありながら、境内に入るとどこか穏やかな空気が流れています。鮮やかな朱色の鳥居や社殿が印象的で、江戸の下町らしい親しみやすさと、古社ならではの格式をあわせ持つ神社です。また、毎年5月に行われる下谷神社大祭は、東京の下町を代表する祭りのひとつとしても知られています。
この記事では、下谷神社のパンダの御朱印の頂き方をはじめ、実際に参拝して感じた見どころや参拝のポイントについてレビューしていきます。
どうぞ最後までお付き合いください。
月替わりのパンダ印にも注目!【下谷神社の御朱印】のいただき方
下谷神社の御朱印は、境内の社務所でいただくことができます。

参拝を済ませたあと、社務所へ向かうと、御朱印や授与品の案内が掲示されていました。
そこでまず目に入ったのが、神社名の読み方についての貼り紙です。下谷神社の読み方は「したや神社」です。「しもや」でも「しもたに」でもありません。地名や漢字だけを見ると迷いやすいところですが、こうして案内されていると覚えやすいですね。
下谷神社では、通常の御朱印のほか、月替わりの限定御朱印も授与されています。公式のお知らせでも、月ごとに限定御朱印の案内が出ており、御朱印帳への直書き、または書き置きで対応されることがあるようです。受付時間や頒布方法は時期によって変わる場合があるため、限定御朱印を目当てに参拝する方は、事前に下谷神社の公式ホームページやSNSを確認しておくと安心です。

この日お願いしたのは、2月限定の下谷神社の御朱印です。初穂料は500円でした。御朱印をいただいてみると、右下には角を生やしたパンダが、豆を手に持っているかわいらしいスタンプが押されていました。上野に近い下谷神社らしい、なんとも微笑ましい意匠です。
御朱印を書いてくださった巫女さんに、「パンダは上野だからですか?」と尋ねると、「そうです」とのこと。さらに「豆を持っているのは2月だからですか?」と聞くと、こちらも「そうです」と教えてくださいました。2月らしい節分と、上野らしいパンダを組み合わせた、下谷神社ならではの限定御朱印です。実際に公式SNSなどでも、2月の本社御朱印は「節分パンダ」として紹介されています。
「来月になると変わるのですね。どんなものに変わるのですか」と聞いてみると、「まだ公表はしていないのですが、春らしいものになります」とのお答えでした。詳しい内容はその月のお楽しみということなのでしょう。毎月どんなパンダが登場するのか、つい集めたくなる御朱印です。

また、下谷神社にはオリジナル御朱印帳もあります。社殿の天井に描かれている横山大観の「雲龍図」をデザインしたもので、色違いで複数種類が用意されています。横山大観は近代日本画を代表する画家のひとりで、その龍の絵が御朱印帳や絵馬にも用いられているのは、下谷神社ならではの魅力です。

下谷神社の御朱印は、歴史ある神社らしい落ち着きに加え、月替わりのパンダ印のような親しみやすさも感じられます。都内最古のお稲荷さんとされる古社でありながら、御朱印にはどこか楽しい遊び心もある。そんなところも、下谷神社参拝の楽しみのひとつだと感じました。

下谷神社は上野にもほど近く、下町らしい親しみやすさと、古社ならではの落ち着きが感じられる場所でもあります。
そんな下谷神社の御朱印で印象的なのが、月替わりで添えられるかわいらしいスタンプです。今回いただいた2月限定御朱印には、豆を持ったパンダのスタンプが押されており、上野らしさと季節感がさりげなく表現されていました。歴史ある神社の御朱印でありながら、どこかほっと心が和む雰囲気があるのも、下谷神社ならではの魅力です。
そんな下谷神社の参拝に持参したいのが、上野のイメージとも重なるパンダ柄の御朱印帳です。
下谷神社の参拝に持参したい御朱印帳
【友禅和紙御朱印帳「パンダ」】
上野といえば、やっぱり思い浮かぶのはパンダ。愛らしい姿のパンダはこのほど、上野動物園から故郷の中国へと旅立ってしまいましたが、上野=パンダというイメージは、今も多くの人の記憶に残っているでしょう。
この御朱印帳は、そんな上野らしさをぎゅっと詰め込んだ、パンダ親子がモチーフ。ちょこんと寄り添う姿がなんとも微笑ましく、ページを開くたびに、自然と表情がゆるみます。下谷神社の御朱印にはパンダが添えられているものもあって、まさにぴったりな御朱印帳です!

表紙は和紙の風合いを生かしたやさしい質感で、手に取ったときの感触も◎。しっかりとした製本でページの開きが良く、御朱印を書いていただく際も安心です。透明カバー付きなので、参拝を重ねても汚れにくいのも嬉しいポイントですね!
現在、Amazonや楽天で販売中ですので、気になる方はぜひチェックしてみてください!
さて、最初に御朱印を紹介しましたが、御朱印は本来参拝を済ませてから頂くもの。
ここからは下谷神社参拝のためのアクセス方法のほか、神社の魅力や見どころ、御朱印を頂くところまでをたっぷりとご紹介していきます!
どうぞ最後までごゆっくりお楽しみください!
下谷神社へのアクセスと基本情報
【下谷神社の所在地】
〒110-0015
東京都台東区東上野3-29-8
【下谷神社の電話番号】
TEL : 03-3831-1488
社務所受付時間 : 9時~16時
【下谷神社への電車・バスでのアクセス】
●JR山手線「上野駅」徒歩6分
●地下鉄 銀座線「稲荷町駅」徒歩2分
●大江戸線「新御徒町駅」徒歩5分
●都営バス「下谷神社前」徒歩2分
下谷神社のご由緒
下谷神社は、奈良時代の天平2年(730年)に創建されたと伝わる、都内で最も古い「お稲荷様」です。御祭神は、大年神と日本武尊。大年神は五穀や産業をつかさどる神様として、商売繁盛や家内安全のご利益で信仰されています。
元々は上野の忍ヶ丘に祀られていたそうですが、寛永4年(1627年)、寛永寺の建立にともなって上野山下へ移されたと伝わっています。その後、社地が手狭になったため、延宝8年(1680年)に広徳寺門前町へ遷座。古くは「正一位下谷稲荷社」と呼ばれ、この神社にちなんで周辺が「稲荷町」と呼ばれるようになったとされています。
江戸時代には「下谷稲荷」「下谷惣社」として地域の人々から広く信仰を集めたのだとか。また、寛政10年(1798年)には境内で江戸初の寄席興行が行われたとされ、「寄席発祥の地」としても知られています。
明治5年(1872年)に現在の「下谷神社」へと改称。関東大震災では社殿を焼失しましたが、その後の区画整理により現在地へ移り、新たな社殿が建てられました。拝殿の天井には、日本画の巨匠・横山大観が描いた「雲龍図」が残されており、台東区の有形文化財にも指定されています。
上野や浅草に近い都心の一角にありながら、古くから下町の暮らしを見守り続けてきた下谷神社。商売繁盛の神様としての信仰に加え、寄席や横山大観の天井画など、江戸・東京の文化も感じられる神社です。
【御祭神】
●大年神(オオトシノカミ)
五穀の実りを司り、人々の産業を守護する存在であり、商売繁盛と家内安全にご利益があるとされています。
●日本武尊(ヤマトタケルノミコト)……第12代景行天皇の皇子であり、「智・仁・勇」を兼ね備え、諸国を平定して国の安定に尽くし、その威徳を広く世に示しました。
ここから「下谷神社」の参拝リポートがスタート!
横山大観の雲龍図が残る古社【下谷神社の見どころ】
東京出張の合間に、上野稲荷町に鎮座する下谷神社へ向かった。下谷神社は「したや神社」と読み、都内最古のお稲荷さんともいわれる歴史ある神社である。
最寄り駅は、東京メトロ銀座線の稲荷町駅。今回は1番出口から地上へ出て、神社を目指すことにした。駅名にも「稲荷」とあるだけに、下谷神社へ向かう道のりもどこか気分が高まる。

出口から歩き出すと、周囲はビルや店舗が並ぶ都心の街並みである。とはいえ、神社まではとても近く、迷うほどの距離ではない。歩いて5分もかからないうちに、前方に大きな朱色の鳥居が見えてきた。

【第一鳥居】浅草通りに映える朱色の大鳥居
浅草通り沿いに大きな朱色の鳥居がどっしりと鎮座している。ビルが立ち並ぶ街なかに、これほど鮮やかな鳥居が突然現れるのだから、思わず足を止めてしまう。ここが下谷神社の入口であり、参拝の玄関口となる第一鳥居である。上野と浅草を結ぶ大通り沿いに立つこの鳥居は、その歴史を今に伝える大きな目印でもある。
この第一鳥居は、昭和8年に南北稲荷町の有志によって寄進されたものだという。鳥居に掲げられた「下谷神社」の額は、東郷平八郎元帥の筆によるものとされている。何気なく見上げた額にも、思いがけず歴史の重みが宿っている。

道の両脇のビルが迫ってくるのを防いでいるような明神鳥居だ。。右の鳥居の先端がビルに接しているように見えたが、さすがにそれはなく、わずかに隙間はあった。

【第二鳥居】「したや」の読みを確かめて社殿へ
一礼をして第一鳥居をくぐり、境内の奥へ少し進むと、社殿に近い場所に第二鳥居が見えてくる。ここから先は、より神社の中心へ近づいていく感覚があり、参拝の気持ちも自然と整ってくる。

鳥居のそばには「SHITAYA SHRINE」と書かれた表記があった。下谷神社は「しもや」でも「しもたに」でもなく、「したや」と読む。漢字だけでは迷いやすいが、こうしてローマ字表記で見ると、改めて読み方が印象に残る。
鳥居の近くには「鳥居では一礼を」と書かれた幟も立っていた。神社を訪れるとつい見落としがちな作法だが、こうした案内があると、参拝前に背筋が伸びる。一礼をして、第二鳥居をくぐる。

鳥居をくぐって正面にはさらに門があった。提灯も多く奉納されており、下町の神社らしい親しみやすさと、神域へ進んでいく厳かな雰囲気が重なっている。
境内の由緒を読むと、下谷神社の創建は天平2年、730年にまでさかのぼるという。かつては「下谷稲荷社」と呼ばれ、その名が現在の「稲荷町」という地名の由来にもなったとされる。駅名にも残るその歴史を思うと、この神社が長く地域の中心として信仰されてきたことがよく分かる。
【手水舎】季節の花が迎えてくれる花手水
第二鳥居をくぐって左手にある手水舎で手を浄める。

近づいてみると、手水鉢の水面いっぱいに色とりどりの花が浮かべられていた。いわゆる「花手水」である。水に浮かぶ花々が境内の空気をやわらかく彩り、参拝前の気持ちをふっと和ませてくれる。
花手水とは、もともとは屋外で神事を行う際、花や草についた露で手や口を清めることを指していたという。近年では、手水舎の水に季節の花を浮かべたものをそう呼ぶことが多くなっている。
下谷神社の花手水は、毎月1日に新しい花へ入れ替えられるそうだ。そのため、月初めに訪れると、よりきれいな状態で楽しめる可能性が高い。月の途中で花が傷んだ場合は、そのまま撤去されることもあるらしい。
この日は美しい花手水を見ることができ、参拝前から少し得をしたような気分になった。都心の神社でありながら、こうした季節のしつらえに触れられるのも、下谷神社の魅力のひとつである。

【寄席発祥之地の碑】江戸の笑い文化が始まった場所
境内を歩いていると、「寄席発祥之地」と刻まれた碑があった。下谷神社は、都内最古のお稲荷さんとして知られるだけでなく、江戸の寄席文化が始まった場所ともいわれている。
現在の下谷神社は、明治5年以前は「下谷稲荷社」と呼ばれていたという。寛政10年(1798年)6月、初代山生亭花楽がこの下谷稲荷社の境内で、5日間にわたって寄席興行を行ったそうだ。これが、江戸における最初の寄席興行とされている。
落語そのものは、それ以前から存在していた。しかし当時は、身分の高い人の前で一対一で話をするような形が中心だったという。これに対して寄席は、一般の人を対象に、木戸銭を取って落語を聞かせる興行のことを指す。つまり、広く庶民が落語を楽しむ場が、この下谷稲荷社の境内から始まったということらしい。

山生亭花楽は、もともと馬喰町で櫛職人をしていた京屋又五郎という人物だったそうだ。のちに「風流浮世おとし噺」の看板を掲げ、境内の小屋で人々に落語を聞かせたという。その後、名前を三笑亭可楽と改め、現在の落語界にもつながる名跡となっている。
平成10年(1998年)には、寄席発祥200年を記念して、落語関係者の協力によりこの記念碑が建立された。歴史ある神社の境内で、江戸の笑いと庶民文化の原点に触れられるのは、下谷神社ならではの魅力と言えるだろう。
【正岡子規の句碑】寄席発祥の地に残る俳人の一句
境内には、正岡子規の句碑も立っていた。下谷神社が寄席発祥の地とされることにちなみ、句碑には「寄席はねて 上野の鐘の 夜長哉」という一句が刻まれている。
正岡子規は、明治27年(1894年)から亡くなるまでの約8年間、台東区根岸で暮らした俳人。その住まいで友人や門弟たちと句会を開き、多くの俳句を詠んだという。現在も根岸には「子規庵」が残り、この地域と子規の結びつきの深さを伝えている。

下谷神社の句碑は、子規の没後100年を記念した事業の一環として建てられたものだという。台東区内で詠まれた約2000句の中からゆかりのある句が選ばれ、区内各所に句碑が建立された。そのひとつが、ここ下谷神社の句碑である。
「寄席はねて」という言葉からは、寄席が終わったあとの余韻と、夜の上野の静けさが浮かんでくる。落語の笑いを楽しんだ人々が帰っていく時間、遠くから鐘の音が響く。そんな江戸・東京の夜の情景が、短い言葉の中に凝縮されているようだ。
【拝殿】横山大観の天井画が残る社殿
下谷神社の拝殿は、関東大震災で社殿を焼失したのち、現在地への移転にあわせて再建されたものだという。都心の神社らしい明るさがありながら、どこか下町の古社らしい落ち着きも感じさせる。

まずは二拝二拍手一拝で参拝する。



下谷神社の拝殿でぜひ見ておきたいのが、天井に描かれた横山大観の「雲龍図」である。横山大観は近代日本画を代表する巨匠で、線をはっきり描かず、ぼかしを生かした独自の表現でも知られる画家だ。昭和9年、氏子たちが「後世に誇れる立派な天井絵を掲げたい」と願い、大観に依頼したことで、この龍の絵が奉納されたという。
この天井画は無料で拝観できるそうだが、見学する際は社務所に一声かけ、注意事項を確認してから拝殿へ上がる必要があるらしい。服装や撮影範囲などにも決まりがあり、写真撮影は天井画のみとされているようだ。

残念ながら、この日はタイミングが合わず、雲龍図を拝観することはできなかった。せっかく下谷神社を訪れたので見てみたかったが、これもまた次回参拝の楽しみである。
ちなみに、下谷神社のオリジナル御朱印帳や絵馬にも、この雲龍図がデザインされている。
参拝のあと社務所へ向かい、御朱印を頂いた。


下谷神社の参拝におすすめ!
「友禅和紙 パンダ」御朱印帳
上野にもほど近い下谷神社にぴったりの、愛らしいパンダ親子を描いた一冊。月替わり御朱印に添えられるパンダのスタンプとも相性がよく、下町らしい親しみやすさと季節の楽しみを、御朱印とともにやさしく残してくれます。
【隆栄稲荷神社(りゅうえいいなりじんじゃ)】防火の神さまとしても信仰される境内社
拝殿で参拝を終えたあと、本殿に向かって左側にある「隆栄稲荷神社」へ。隆栄稲荷神社は、下谷神社の境内に祀られている小さなお社である。

お稲荷さんは、もともと稲作や食物をつかさどる神様として信仰されてきた。そこから農業だけでなく、商売繁盛や家内安全、日々の暮らしを守る神様として、広く親しまれるようになったという。
大正12年(1923年)の関東大震災では、周囲に大きな被害が出る中、このお社は火災を免れたという。そのことから、現在では「火防(ひよけ)の神さま」としても信仰を集めている。


上野らしさとパンダの御朱印に寄り添う一冊【下谷神社にぴったりの御朱印帳】
今回の下谷神社の参拝リポートはいかがでしたでしょうか。
都内最古のお稲荷さんとされる歴史ある神社でありながら、月替わり御朱印に添えられるパンダのスタンプなど、どこか親しみやすさも感じられる下谷神社。上野にもほど近く、下町らしいあたたかさと、古社ならではの落ち着きが心に残る参拝となりました。
そんな下谷神社の参拝にぜひ持っていきたいのが、「友禅和紙御朱印帳『パンダ』」です。

上野といえば、やはり多くの人が思い浮かべるのはパンダではないでしょうか。今回いただいた2月限定御朱印にも、豆を手にしたパンダのスタンプが押されており、季節感と上野らしさがさりげなく表現されていました。そんな御朱印を残す一冊として、パンダ親子を描いたこの御朱印帳は相性のよい一冊といえるでしょう。
表紙には友禅和紙ならではのやさしい質感と美しい発色が生かされ、かわいらしさの中にも和の落ち着きがあります。ちょこんと寄り添うパンダ親子の姿は、御朱印をいただく時間をより楽しく、心和むものにしてくれます。
この御朱印帳はAmazonや楽天市場でも購入できます。下谷神社参拝のお供に、ぜひ手に取ってみてください。
ステキな御朱印帳を片手に、楽しい御朱印集めに出かけましょう!
神社やお寺に行くたびに、その雰囲気や歴史に触れるのってワクワクしませんか?そんな旅の思い出をカタチに残せるのが御朱印です!力強い筆文字や、神社ごとに異なる印影など、御朱印の1つ1つには訪れた場所の個性やストーリーがギュッと詰め込まれています。そして、御朱印帳をパラっと開けば、訪れた際の風景や空気感が一瞬で蘇ります!

御朱印はただの記念スタンプではありません。その神社やお寺とのご縁を結ぶ大切な証。そして何より、御朱印は集める楽しさがどんどん増していくアイテムです!さらに、自分がお気に入りのデザインの御朱印帳を選べば、気分もよりアップすること間違いなし♪ 1冊、また1冊と増えていくたびに、自分だけのコレクションが増えていくのも嬉しいポイントです!
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