こんにちは!
全国各地のご朱印、お城印集めが趣味の神宮寺城一郎です!
御朱印帳づくりに携わる者として、もっと御朱印集めが楽しくなるように、訪れた寺社仏閣の魅力や、私たちが手がける御朱印帳のこともお届けしています。
今回訪れたのは、京都市北区にある「今宮神社」です。
今宮神社は、疫病退散と無病息災を願う人々の祈りから生まれた神社であり、平安時代以来、京都の人々の健康と平穏を守る「厄除け・玉の輿・開運」の神社として親しまれています。
この記事では、今宮神社の御朱印のいただき方をはじめ、実際に参拝して感じた見どころや参拝のポイントについてレビューしていきます。
さらに今回は、京都らしい甘味として人気の「あぶり餅」も楽しんできました。老舗の2店舗を食べ比べしてきたので、参拝とあわせて立ち寄りたい京都グルメとしてご紹介できればと思います。
どうぞ最後までお付き合いください。
今宮神社の御朱印|受付場所・時間・種類を紹介
今宮神社の御朱印は、本殿に向かって右手にある授与所でいただくことができます。
境内を進み、本殿へお参りした後、右手側へ向かうと授与所があります。御守や授与品とあわせて御朱印の受付もされているので、参拝後に立ち寄ると分かりやすいです。授与時間は基本的に9時から17時まで。御朱印をいただきたい方は、時間に余裕を持って参拝するのがおすすめです。

今宮神社では、通常の御朱印のほか、見開きの御朱印や和歌をあしらった御朱印、花傘をモチーフにした御朱印、京都十六社めぐりの御朱印など、さまざまな御朱印が授与されています。
特に、桂昌院ゆかりの図柄や京野菜を取り入れたもの、やすらい祭の象徴である花傘や椿をあしらったものなど、今宮神社らしい華やかな御朱印もあり、どれをいただくか少し迷ってしまいます。

この日は、いろいろな御朱印があってかなり迷いましたが、まずはスタンダードな通常の御朱印をいただくことにしました。初穂料は300円です。御朱印帳をお渡しすると、その場で丁寧に書き入れていただけました。
通常の御朱印には、中央に「紫野 今宮」の朱印が押されています。その上には、桜花の中に「鎮花」と記された印が入っていました。
「鎮花」は、今宮神社を語るうえで欠かせない「やすらい祭」にもつながる言葉です。やすらい祭は、春に花が散る頃、人々に災いをもたらす疫神を鎮めるために行われる祭礼とされ、京都三大奇祭のひとつにも数えられています。御朱印に押された「鎮花」の印からも、今宮神社が古くから疫病鎮めの信仰を集めてきた神社であることが感じられます。
華やかな限定御朱印や見開き御朱印も魅力的ですが、通常の御朱印は、紫野の地に鎮座する今宮神社の歴史と信仰を端正に伝えてくれる一枚です。

今宮神社は、京都市北区紫野に鎮座する歴史ある神社。平安時代に都を襲った疫病の鎮静と、人々の無病息災を願って行われた「紫野御霊会」を起源とし、現在も厄除け、開運、健康長寿、良縁などのご利益で広く信仰を集めています。春に行われる「やすらい祭」でも知られ、疫病を鎮める祈りを今に伝える京都を代表する古社です。そんな今宮神社の参拝に持参したいのが、桔梗柄の御朱印帳です。
今宮神社の参拝に持参したい御朱印帳
友禅和紙御朱印帳「桔梗柄」
今回ご紹介するのは、上品な桔梗の花をあしらった友禅和紙御朱印帳「桔梗柄」です。
桔梗は、日本を代表する和の花のひとつ。凛とした花姿には京都らしい雅やかさがあり、神前に持参する御朱印帳としても清らかな印象を与えてくれます。
また、桔梗には「誠実」や「気品」といった花言葉があり、五角形に開く花姿は、古くから魔除けの象徴ともされてきました。疫病退散や厄除けを願って始まった今宮神社のご由緒とも、深く響き合う意匠です。

今宮神社が鎮座する地は、古くから「紫野」と呼ばれてきました。紫色の桔梗はその地名とも美しく重なり、紫野の歴史や祈りを御朱印帳に残す一冊としてもぴったりです。
友禅和紙ならではの華やかさと、和紙のやわらかな風合いも魅力。落ち着いた色合いながら存在感があり、京都の神社仏閣めぐりはもちろん、厄除けや開運、良縁を願う参拝の記録にもよく似合います。
今宮神社でいただく「紫野 今宮」の御朱印をこの桔梗柄の御朱印帳に収めれば、紫野の古社を訪れた記憶を、上品で清らかなかたちで残せるはずです。
この御朱印帳は、Amazonや楽天市場でも購入できます。今宮神社参拝のお供に、ぜひ手に取ってみてください。
さて、最初に御朱印を紹介しましたが、御朱印は本来参拝を済ませてから頂くもの。
ここからは今宮神社参拝のためのアクセス方法のほか、神社の魅力や見どころ、御朱印を頂くところまでをたっぷりとご紹介していきます!
どうぞ最後までごゆっくりお楽しみください!
今宮神社へのアクセスと基本情報
【今宮神社の所在地】
〒603-8243 京都府京都市北区紫野今宮町21
【今宮神社の電話番号】
075-491-0082
(受付時間:9:00〜17:00)
【今宮神社への電車・バスでのアクセス】
●JR京都駅より
地下鉄烏丸線 国際会館行「北大路駅」下車 3番出口より
市バス1・北8・12・M1・204・205・206番「船岡山」下車 北へ徒歩7分
市バス205・206番「船岡山」下車→北へ徒歩7分
●阪急烏丸駅より
市バス46番 上賀茂神社行「今宮神社前」下車すぐ
●京阪出町柳駅より
市バス1番 「船岡山」下車→北へ徒歩7分
地下鉄烏丸線 国際会館行「北大路駅」下車1番出口より 西へ20分
【今宮神社の駐車場】
今宮神社大和ハウスパーキング/有料 44台(普通車のみ)
9時~18時(最初の60分:100円 以降30分:100円)
18時~翌9時(60分:100円)
今宮神社のご由緒
今宮神社は、京都市北区紫野に鎮座する歴史ある神社です。
この地には、平安京が造られる以前から、疫病や災厄を鎮める「疫神」を祀る社があったと伝えられています。平安京が発展していく一方で、都ではたびたび疫病が流行。そこで人々は、悪疫退散や災厄除けを願い、各地で「御霊会」を行うようになったといいます。今宮神社の起源も、そのひとつである「紫野御霊会」にあるとされています。
正暦5年(994年)、一条天皇の時代、この地に祀られていた疫神を二基の神輿に遷し、船岡山に安置しました。そして、神威を慰め、都に広がる悪疫の退散を祈願したといいます。これが紫野御霊会であり、現在の今宮祭の起源であると考えられています。当時は京の多くの人々が参加し、歌や踊りを奉納しながら、疫病退散を祈ったと伝えられています。
その後、長保3年(1001年)には、神のお告げ、つまり霊夢によって再び御霊会が行われたのだとか。そして、疫神を鎮めるため、紫野の地に新たに三つの神殿が建てられたそうです。この神殿とともに「今宮社」と名付けられたことが、現在の今宮神社の創祀、つまり創建の始まりとされています。
今宮神社は、古くから人々が疫病や災厄を鎮め、無病息災を願って祈りを捧げてきた場所。そのご由緒を知ると、「鎮花」の印が入った御朱印や、疫病退散を願うやすらい祭にも、より深い意味が感じられます。
【御祭神】
●本社
東御座:事代主命(ことしろぬしのみこと)、中御座:大己貴命(おおなむちのみこと)、西御座:奇稲田姫命(くしなだひめのみこと)
●疫社
素盞嗚尊(すさのをのみこと)
ここから「今宮神社」の参拝リポートがスタート!
「玉の輿」ゆかりの古社【今宮神社の見どころ】
今回は1年ぶりに京都ツアー。まずは疫病退散と災厄除けの祈りを今に伝える古社「今宮神社」へと向かう。
京都駅から地下鉄烏丸線に乗って北大路駅で降りる。

そこからバスターミナルの「青のりば」に向かう。




青のりばのEバスのりばの列はインバウンドの観光客であふれていた。日本人の姿が見られないくらいだ。Eのりばに来るバスはどれも金閣寺に行く路線だ。たぶん、この方々は金閣寺がお目当てだろう。


今宮神社へ行くには、金閣寺の手前の「船岡山」のバス停で降りるからどの路線のバスに乗っても大丈夫だ。やがてバスが来て列の前から順に乗車していたが、私の前でいっぱいになったので、次の便に乗ることにする。バスの便数はけっこう多く、次のバスはさほど待たずにやってきた。

バス料金は230円。私の持っているイコカが使えた。

バスは北大路通りを西に走る。「船岡山」のバス停で降りてしばし歩く。今宮門前の交差点で、朱色の鳥居が見えた。
【今宮の大鳥居】南参道の入口に立つ朱塗りのシンボル
今宮神社へ向かう道中、まず目に入るのが「今宮の大鳥居」である。
大鳥居は、門前通りの南の端、北大路通から少し北へ入ったあたりに立っている。現在は多くの人や車が行き交う生活道路でもあるが、ここは今宮神社の南参道の入口にあたる大切な場所だ。

もともと今宮神社へは、東西の参道をたどって参拝するのが一般的だったという。しかし、船岡山の北側に町並みが広がる中で、新たに南から神社へ向かう参道を設けようという動きが高まり、大正15年に南参道が開かれた。その後、昭和3年には氏子の方々の思いによって、松風講の名を掲げた丹塗りの大鳥居が奉納された。

この大鳥居は今宮神社の入口として、また地域の人々にとって平安を願う象徴として長年親しまれてきたという。
ところが、平成29年(2017年)の台風22号により、大鳥居は大きく傾く被害を受けた。危険を避けるため応急措置が行われたのち、翌年にはいったん解体撤去されることになる。長くこの地にあった鳥居が姿を消したことは、地域の方々にとっても大きな出来事だったに違いない。
その後、多くの人々の尽力と支援によって復興が進められ、令和4年に再建。高さ約8.5m、幅約6mの朱色の大鳥居は、再び南参道の入口に堂々とした姿を見せている。
一礼をして鳥居をくぐる。



【南参道】楼門へとまっすぐ続く、今宮神社への参拝路
大鳥居をくぐると、今宮神社の楼門へ向かって南参道がまっすぐ延びている。
大正15年に楼門の建立と南参道の造成が行われたそうで、現在の参道の姿もこの頃に整えられたものと考えられている。大鳥居から楼門へと続く道は、今宮神社へ向かう気持ちを少しずつ高めてくれる参拝路だ。
参道を歩いていると、途中の茶店には外国人観光客の姿も見られた。今宮神社といえば、門前名物の「あぶり餅」でも知られている。参拝とあわせて楽しみに訪れる人も多いのだろう。
左手には紫野高校、右手には大徳寺の竹林が広がっている。

特に竹林の風景が心地よい。私は竹林の風景が好きだ。癒される。

まっすぐ伸びる青竹を眺めていると、街中を歩いているはずなのに、どこか静かな場所へ入り込んだような気分になる。

【国登録有形文化財・楼門】南参道の先に構える美しい門
大鳥居をくぐり、南参道を200メートルほど北へ進むと、今宮神社の社頭に楼門が見えてくる。
楼門は境内南側にある正門で、参拝者や観光客、修学旅行生などもここから境内へ入っていく。

この楼門は、大正15年(1926年)に造営されたもの。左右に延びる回廊も同じ年に建てられており、楼門・回廊ともに国登録有形文化財に登録されている。


朱塗りの重層門で、正面には「今宮大明神」と記された扁額が掲げられている。南参道の先に堂々と構える姿は、今宮神社の入口にふさわしい風格がある。
建築様式は三間一戸の楼門で、木造2階建て、屋根は入母屋造の銅板葺。建築面積は約47平方メートルとされ、朱塗りの柱と重厚な屋根が美しく調和している。

大鳥居からまっすぐ歩いてきた先に、この楼門が現れる流れも印象的だ。門の向こうには、いよいよ今宮神社の境内が広がっている。
一礼して、楼門をくぐる。

【国登録有形文化財・手水舎】桂昌院ゆかりの「お玉の井」で身を清める
楼門をくぐると、右手に手水舎がある。こちらで手を清めてから、境内へ進む。
この手水舎は、楼門の北東側、東参道の近くに北向きで建っている。国の登録有形文化財に登録されている建物で、別名「お玉の井」とも呼ばれているそうだ。
「お玉」とは、徳川五代将軍・綱吉の生母である桂昌院のこと。今宮神社が「玉の輿神社」と呼ばれる由来にも関わる人物であり、この手水舎も桂昌院ゆかりの場所として伝えられている。

手水舎は、元禄7年(1694年)に桂昌院によって再建されたものと伝わっている。方一間の木造建築で、屋根は瓦葺。角柱を貫で固め、四方に格子を立てた造りで、江戸時代の趣を今に残している。手水盤は、京都西町奉行・小出淡路守守里が寄進したものといわれている。
季節によっては、水盤に色鮮やかな花を浮かべた花手水が飾られることもあるそうだ。お正月や季節の節目に訪れると、また違った華やかな表情が楽しめるかもしれない。

【国登録有形文化財・拝殿】境内の中枢に立つ開放的な舞殿
境内を進むと、正面に拝殿が見えてくる。その奥に本殿があり、拝殿は今宮神社の参拝の軸となる場所に建っている。
この拝殿は、元禄7年(1694年)に徳川五代将軍・綱吉の生母である桂昌院によって再建された建物で、弘化3年(1846年)に改修されたものと言われている。現在は国の登録有形文化財に登録されている。

建築は木造平屋建てで、屋根は銅板葺。桁行三間・梁間三間の入母屋造で、周囲には刎高欄(はねこうらん)付きの切目縁がめぐらされている。柱上には舟肘木(ふなひじき)、天井には格天井(ごうてんじょう)がしつらえられており、開放的な舞殿形式でありながら、細部には格式ある意匠が見られる。
拝殿の上部に掲げられている三十六歌仙も見どころのひとつだ。これは平成17年に「西陣の日」事業協議会から奉納されたもので、すべて西陣織で作られているという。

また、毎年5月の今宮祭では、神幸する神輿3基が神輿庫から出され、この拝殿に安置される。5月1日に行われる「神輿出し」は、今宮祭の重要な神事のひとつだそうだ。


【本殿】三柱の御祭神を祀る今宮神社の中心
拝殿の奥には、今宮神社の本殿が鎮座している。
今宮神社の本殿には、中御座に大己貴命、東御座に事代主命、西御座に奇稲田姫命が祀られている。疫病退散や災厄除けを願う信仰を今に伝える、今宮神社の中心となる場所である。
現在の本殿は、明治35年(1902年)に再建されたもの。もともとは元禄7年(1694年)に江戸幕府五代将軍・徳川綱吉の生母である桂昌院が建立したとも、寛政7年(1795年)に建てられたともいわれているが、明治29年(1896年)に焼失し、その後再建された。
建築は木造平屋建てで、屋根は銅板葺。建築面積は約44平方メートルとされている。拝殿越しに見る本殿は落ち着いた佇まいで、今宮神社の長い信仰の歴史を感じさせる。

今宮神社を語るうえで欠かせないのが、桂昌院の存在である。
桂昌院は、もとは西陣の八百屋の娘「お玉」とされ、のちに徳川三代将軍・家光の側室となり、五代将軍・綱吉の母となった人物である。この出世物語が「玉の輿」の語源の一つともいわれている。
桂昌院は今宮神社を篤く崇敬し、荒れていた社殿を整え、途絶えていたやすらい祭を復活させるなど、神社の再興に大きく関わったと伝えられている。今宮神社が「玉の輿神社」とも呼ばれるのは、こうした桂昌院との深いゆかりによるものだ。
本社で二拝二拍手一拝で参拝する。


今宮神社の参拝におすすめ!
友禅和紙御朱印帳「桔梗柄」
疫病退散や厄除け、開運の信仰を集める京都・紫野の古社、今宮神社にぴったりの、気品ある桔梗柄の一冊。紫野の地名と重なる紫色の花姿や、魔除けの象徴ともされる桔梗の意匠が、「紫野 今宮」の御朱印を上品で清らかに残してくれます。
【阿呆賢(あぼかし)さん】願いの成就を占う不思議な石
境内をまわっていると、今宮の奇石といわれる「阿保賢さん」という石があった。
古くから「神占石」とも伝えられている不思議な石で、古よりこの石には病気平癒の信仰があると信じられてきたそうだ。病気や体調に不安のある方が心を込めて回復を祈り、石を軽く手で撫でたあと、自分の体の悪い部分をさすると、健康の回復を早めるといわれている。

また、阿呆賢は「重軽石」としても知られている。お願いの仕方は、まず軽く手のひらで三度石を打ち、そのあと石を持ち上げる。次に、願い事を心の中で込めながら、手のひらで三度石を撫で、もう一度持ち上げる。この時、最初よりも軽くなったように感じれば、願いが成就すると伝えられているという。

説明書きに従って、私も実際に試してみた。
最初に三度石をたたいて持ち上げる。そして、願い事を込めながら三度手のひらで撫で、もう一度持ち上げる。すると不思議なことに、少し軽くなったような気がした。だからきっと、願い事はかなう。

【織姫社】西陣織と技芸上達の信仰を集める社
境内には、西陣織と深いゆかりを持つ「織姫社」も鎮座している。
御祭神は、栲幡千千姫命(たくはたちぢひめのみこと)。日本神話に登場する女神で、高皇産霊尊(たかみむすびのみこと)の御子、天忍穂耳尊(あめのおしほみみのみこと)の御妃にあたる神様とされている。また、天火明命(あめのほあかりのみこと)や邇々杵尊(ににぎのみこと)の御母とも伝えられている。
「栲」は、梶の木の皮の繊維で織った白い布を指し、「幡」は織物を意味するという。「千千」は「縮」に通じ、精巧に織られた布を表すとも考えられている。神名そのものに、織物や機織の美しさ、巧みさが込められているのが分かる。
栲幡千千姫命は、織物の祖神として信仰されてきた。そこから、技芸上達やものづくりの繁栄を願う人々の崇敬を集めている。

今宮神社が鎮座する紫野は、西陣にも近い地域である。織姫社は西陣織業者によって創始された社とされ、西陣織をはじめとする織物業、技術職、手仕事に関わる人々にとって大切な信仰の場所となってきた。
社前には、織物を織る際に使われる「杼」をかたどった献灯碑も見られる。こうした意匠からも、今宮神社と西陣織との深いつながりが感じられる。
また、8月には織姫七夕祭が行われ、織姫大神への感謝と、技芸の上達、業界の発展が祈られるという。
【国登録有形文化財・八社】八つの末社を一棟に祀る細長い社
境内の西側には、「八社」と呼ばれる細長い社がある。
こちらには、大国社、蛭子社、八幡社、熱田社、住吉社、香取社、鏡作社、諏訪社の八社が一棟に祀られている。横に長く連なる姿が特徴的で、境内の中でも少し目を引く建物だ。
八社は、元禄7年(1694年)頃に建立されたとされ、現在は国の登録有形文化財に登録されている。元禄期の再興の際に、境内にあった末社を合祀して建てられたものと考えられており、今宮神社の境内が整えられていった歴史を伝える貴重な建物である。

【国登録有形文化財・八幡社】石清水八幡宮の御祭神を祀る社
八社と並び、石清水八幡宮の御祭神を祀る「八幡社」が佇む。
御祭神は、応神天皇(おうじんてんのう)、比咩大神(ひめおおかみ)、神功皇后(じんぐうこうごう)の三柱。八幡信仰において広く崇敬されてきた神々であり、今宮神社の境内でも末社のひとつとして大切に祀られている。
建物は一間社流造、銅板葺とされ、江戸後期頃に建立されたと伝えられている。大きな社ではないが、八幡信仰の御祭神が今宮神社の境内に祀られていることからも、この神社がさまざまな信仰を受け継いできたことが感じられる。

【国登録有形文化財・大将軍社】都の鎮護に由来する境内社
境内には、国の登録有形文化財に登録されている「大将軍社」も鎮座している。
大将軍社は「大将軍八神社」とも呼ばれ、素盞嗚尊と同一神ともされる牛頭天王(ごずてんのう)、そして素盞嗚尊の五男三女である八大王子を祀っている。
かつて平安京では、都を守るために四方へ大将軍社を建て、鎮護の神として祀ったとされる。この大将軍社も、もとは大徳寺門前に祀られていた社で、のちに今宮神社の境内へ遷されたものだという。

現在の建物は、元禄8年(1695年)頃に建立されたと伝えられている。今宮神社は疫病退散や災厄除けの信仰で知られる神社だが、この大将軍社にも、都を災いから守ろうとした古い祈りが重なっている。
境内を歩いていると、本殿や拝殿だけでなく、こうした末社にも今宮神社の信仰の厚みが感じられる。大徳寺門前から移され、今も境内に祀られている大将軍社は、京都の歴史と都の守護を伝える大切な見どころである。
【国登録有形文化財・日吉社】近江・日吉大社の御祭神を祀る社
境内には、国の登録有形文化財に登録されている「日吉社」も祀られている。
日吉社は、近江、現在の滋賀県にある日吉大社(ひえたいしゃ)の御祭神である大山咋神(おおやまくいのかみ)と大物主神(おおものぬしのかみ)をお祀りする社。現在の社は、江戸後期頃に建立されたものと伝えられている。もともとは、今宮神社の産土の地である「上野村」に祀られていた上ノ御前、下ノ御前の両社を、明治初年に合祀したものだという。
日吉大社は、比叡山や延暦寺とも深い関わりを持つ古社として知られている。その御祭神が今宮神社の境内にも祀られていることから、京都と近江、そして地域の信仰が重なり合ってきた歴史を感じることができる。

【紫野稲荷社(むらさきのいなりしゃ)】食物を司る宇迦御魂命を祀る社
境内には「紫野稲荷社」も祀られている。
御祭神は、伏見稲荷大社と同じく宇迦御魂命(うがのみたまのみこと)。「宇迦」は「食」を意味する言葉だという。食物を司る神様として信仰され、五穀豊穣や商売繁盛、暮らしの安泰を願う人々に親しまれてきたという。

【若宮社】斎王の御霊も祀る歴史ある境内社
境内には、元禄7年(1694年)に建立された「若宮社」も鎮座している。
中央の若宮社には伊弉那美神、向かって右の加茂斎院には歴代斎王の御霊、左の若宮社には御霊が祀られている。
中央の若宮社は、かつて鷹峯に鎮座していた愛宕社を現在の愛宕山へ遷した際、その御分霊として祀られたと伝えられている。
向かって右の加茂斎院は、賀茂大神に奉仕した歴代天皇の未婚の皇女、つまり斎王に関わる社。加茂斎院はもともと、現在の上京区・櫟谷七野神社付近にあった斎王の座所を指す。約400年にわたって斎王が奉仕したが、建暦2年(1212年)に加茂斎院は廃止された。その後、総鎮守である今宮社に歴代斎王の御霊を祀るため、こちらへ遷されたという。
また、左の若宮社は、薬子の変で処罰された御霊を鎮めるために祀られたと伝えられている。

【絵馬舎】多くの絵馬が掲げられた祈りの空間
寛政12年(1800年)に建立されたと言われている「絵馬舎」もある。
絵馬舎は、名前の通り絵馬を奉納するための建物。建物の内外には多数の絵馬が掲げられており、長い年月の中で多くの人々が願いを託してきた場所であることが伝わってくる。
古くは、神様は騎乗した姿で現れると考えられていたため、馬は神様の乗り物として神聖視されていた。そのため人々は、願い事をする際に神様への捧げものとして馬を奉納していたという。やがて本物の馬に代わって、馬を描いた板、つまり絵馬を奉納するようになり、その絵馬を納めるための建物として絵馬舎が建てられるようになった。
今宮神社の絵馬舎は、建築面積約113平方メートルの木造平屋建てで、屋根は瓦葺。江戸時代後期に建立された歴史ある建物として、境内の中でも趣のある存在である。

【国登録有形文化財・地主稲荷社(じしゅいなりしゃ)】今宮神社の地を守護する地主神
石畳の坂を上った中腹にあるのが「地主稲荷社」だ。
地主稲荷社は、天保13年(1842年)に建立された社で、国の登録有形文化財に登録されている。御祭神は、倉稲魂大神(うがのみたまのおおかみ)と猿田彦大神(さるたひこのおおかみ)。五穀豊穣と天孫降臨に関わる神として知られている。
倉稲魂大神は、稲荷信仰の神様として広く祀られている神で、五穀豊穣や商売繁盛、暮らしの安泰を願う人々から信仰されてきた。猿田彦大神は、道案内の神、導きの神として知られている。
この地主稲荷社は、その名の通り、今宮神社の地を守護する地主神として祀られているという。境内の少し高い場所に鎮座していることもあり、今宮の地を静かに見守っているような雰囲気がある。

【国登録有形文化財・月読社(つきよみしゃ)】高台に祀られる月読尊の社
石畳の坂を進んだ先、高台の上には「月読社」が鎮座している。
月読社は、明治43年(1910年)に建立された社で、国の登録有形文化財に登録されている。御祭神は、伊勢神宮の別宮・月読宮(つきよみのみや)の御祭神である月読尊(つきよみのみこと)。
月読尊は、月を司る神として知られる神様だ。境内の高台にひっそりと祀られているため、本殿周辺とはまた違った静けさが感じられた。

【桂昌院(けいしょういん)レリーフ】今宮神社再興に尽くした「お玉の方」の記念碑
境内を歩いていると、桂昌院のレリーフが埋め込まれた碑があった。
先にも少し紹介したが、桂昌院は、通称「お玉の方」として知られる人物で、三代将軍・徳川家光の側室となり、のちの五代将軍・徳川綱吉の生母となった女性。西陣の八百屋の娘から将軍の母へと上りつめたことから、「玉の輿」の由来になったともいわれている。
今宮神社にとって桂昌院は、とても大切な存在だ。荒れていた社殿を再興し、途絶えていたやすらい祭を復活させるなど、今宮神社の中興の祖ともいえる功績を残したと伝えられている。
この桂昌院の碑は、平成24年(2012年)に建立されたもの。上段には桂昌院のレリーフが埋め込まれ、下段にはその歴史や功績が記されている。
今宮神社が「玉の輿神社」と呼ばれる背景には、桂昌院の人生と、今宮神社への厚い信仰がある。御朱印やお守りをいただくだけでなく、こうした記念碑にも目を向けると、今宮神社と桂昌院のつながりがより深く感じられる。

【神馬舎(しんめしゃ)】白い神馬が祀られる小さな社
神馬舎の中には、白い神馬が祀られていた。神馬とは、神様が乗る馬のこと。古くから馬は神聖な存在とされ、神社には木製や金属製、銅製など、さまざまな神馬が奉納されてきた。

今宮神社の神馬は、白く清らかな姿が印象的で、静かに境内を見守っているように感じられる。
絵馬舎の説明でも少し触れたように、かつて人々は願い事をする際に神様へ馬を奉納していたという。その信仰の流れを思い浮かべながら神馬舎を見ると、神様と馬とのつながりがより身近に感じられる。

【国登録有形文化財・宗像社(むなかたしゃ)】宗像三女神を祀る「弁天さん」
楼門の東側、東門との間には「宗像社」が鎮座している。
宗像社は、元禄7年(1694年)頃に建立された社と伝わり、国の登録有形文化財に登録されている。御祭神は、田心姫命(たごりひめのみこと)・湍津姫命(たぎつひめのみこと)・市杵島姫命(いちきしまひめのみこと)の宗像三女神である。
宗像三女神は、素盞鳴尊(すさのおのみこと)の十握剣(とつかのつるぎ)から生まれた神々とされている。海上守護や交通安全の神としても知られ、全国の宗像社や厳島神社などで広く信仰されてきた。
今宮神社の宗像社は、俗に「弁天さん」とも呼ばれているそうだ。市杵島姫命が弁財天と結びついて信仰されることが多いためだろう。

社壇の側面にある台石には、長さ60センチほどの鯰(ナマズ)の彫り物がある。鯰は神の使者として彫られたものと伝えられており、さりげないながらも見逃せない見どころである。


2軒食べ比べ!今宮神社参拝後に味わいたい【あぶり餅】
さて。参拝を終え、御朱印もいただいたところで、今回もうひとつ楽しみにしていた「あぶり餅」を食べに行く。
あぶり餅は、今宮神社の門前名物として知られる京都らしい甘味である。親指ほどの大きさにちぎった餅にきな粉をまぶし、斎竹を裂いた竹串に刺して炭火で炙り、白味噌のタレをぬっていただく。香ばしく焼けた餅と、ほんのり甘い白味噌のタレがよく合う一品だ。
あぶり餅は、小さな餅を「玉」のように食べることから、桂昌院ことお玉の方にちなみ、玉の輿のご利益にあやかれるともいわれているそうだ。今宮神社が「玉の輿神社」と呼ばれることを思うと、参拝後にあぶり餅をいただく流れにも、どこか縁起のよさを感じる。今宮神社を参拝したあとの楽しみとして、あぶり餅はぜひ立ち寄っておきたい門前グルメである。

朱色の橋を渡って東門をくぐると、左右に2軒のあぶり餅屋さんが見えてくる。左手にあるのが「一和」、正式には「一文字屋和助」。右手にあるのが「かざりや」である。
「一和」は平安時代創業、「かざりや」は江戸初期ともいわれており、どちらも今宮神社の門前で長く親しまれてきた老舗の名店だ。これはどちらに入るか、かなり迷ったが、せっかくなので、今回は2店舗を食べ比べてみることにした。

【かざりや】炭火で香ばしく焼き上げるあぶり餅
まず入ったのは、東門を出て右手にある「かざりや」さんである。

店頭からは、ぱたぱたとうちわで扇ぐ音が聞こえてくる。見ると、職人のような男性が、串に刺した餅を扇子のように広げ、炭火の上で丁寧に焼いていた。その手際のよさと、香ばしい香りにすっかり引き寄せられてしまった。

声をかけると、のれんの奥のお茶席へ案内してくださる。この流れがまた風情たっぷりで、今宮神社参拝後の楽しみとして気分が高まる。

席に着くと、お茶の入った急須とお茶碗を持ってきてくれた。今回は「お召し上がり」で1人前を注文する。

しばらくすると、焼きたてのあぶり餅が運ばれてきた。1人前は11本。小ぶりな餅が串に刺さり、白味噌のたれをまとっている。
さっそく食べてみると、まず口の中に炭火で焼いた香ばしさが広がる。白味噌のたれというと甘さが強いのかと思っていたが、思ったほど甘すぎず、あっさりとした上品な味わいだ。餅のやわらかさと焦げ目の香ばしさ、白味噌のやさしい甘みがちょうどよい。
これはおいしい。
11本と聞くと多いようにも感じるが、ひとつひとつが小ぶりなので、あっという間にたいらげてしまった。参拝後にいただく門前名物として、これ以上ない一服である。

《あぶり餅 本家 根元 かざりやの基本情報》
【あぶり餅 本家 根元 かざりやの所在地】
京都府京都市北区紫野今宮町96
【あぶり餅 本家 根元 かざりやの電話番号】
075-491-9402
【あぶり餅 本家 根元 かざりやの営業情報】
●営業時間 10:00〜17:00
●定休日 水曜日(1日・15日・祝日の場合は営業で翌日休)年末は12月16日から31日まで休業
●観光紹介サイト http://aquadina.com/kyoto/spot/6207/
【いち和】向かい合う老舗で楽しむ、もうひとつのあぶり餅
続いて、向かいにある「いち和」さんへ向かう。先ほどのかざりやさんと向かい合うように店を構えており、今宮神社の東門前ならではの風景をつくっている。


店先では、暑さをしのぐためか、すだれの陰で女性があぶり餅を焼いていた。こちらも炭火で丁寧に焼かれており、香ばしい匂いにまた食欲をそそられる。

席に案内されると、かざりやさんと同じように、急須とお茶碗を持ってきてくれた。こちらでも「お召し上がり」の1人前を注文する。値段は同じく600円だった。

しばらくすると、焼きたてのあぶり餅が運ばれてきた。こちらも1人前は11本である。
見た目はよく似ているが、よく見ると、いち和さんの方が餅がやや長いようにも感じる。さっそく口に入れると、こちらも香ばしくておいしい。炭火の香りと、やわらかな餅、白味噌のたれがよく合っている。

味の印象としては、かざりやさんの方が若干たれの味が濃く、いち和さんの方が少しあっさり甘めに感じた。ただ、正直なところ、2軒とも味はかなりよく似ている。食べ比べて、かなり意識しないと違いが分からないくらいだ。
それでも、せっかく今宮神社まで来たなら、向かい合う2つの老舗を食べ比べてみるのも楽しい。どちらもおいしく、あっという間にたいらげてしまった。

《あぶり餅 一和(一文字屋 和輔)の基本情報》
【あぶり餅 一和(一文字屋 和輔)の所在地】
京都府京都市北区紫野今宮町69-69
【あぶり餅 一和(一文字屋 和輔)の電話番号】
075-492-6852
【あぶり餅 一和(一文字屋 和輔)の営業情報】
●営業時間 10:00〜17:00
●定休日 水曜日(1日、15日、祝日が水曜の場合は営業し、翌日休業)、年末など長期休業の場合も有
● SNS https://kyofuzei.jp/
2軒のあぶり餅をいただき、満足して今宮神社を後にした。
紫野の祈りと桔梗の気品を重ねて残す一冊【今宮神社にぴったりの御朱印帳】
今回の今宮神社の参拝リポートはいかがでしたでしょうか。
境内には、朱塗りの楼門や桂昌院ゆかりの手水舎、拝殿、本殿、今宮の奇石「阿呆賢さん」、西陣織と関わりの深い織姫社など、見どころが数多くありました。参拝後には門前名物のあぶり餅も楽しめ、神社参拝と京都らしい甘味をあわせて味わえるのも今宮神社ならではの魅力です。
そんな今宮神社の参拝にぜひ持っていきたいのが、友禅和紙御朱印帳「桔梗柄」です。
桔梗は、日本を代表する和の花のひとつです。凛とした花姿には、京都らしい雅やかさと清らかさがあり、古社への参拝にふさわしい上品な雰囲気をまとっています。
また、桔梗には「誠実」や「気品」といった花言葉があります。さらに、五角形に開く花姿は五芒星を思わせることから、古くから魔除けの象徴ともされてきました。疫病退散や厄除けを願って始まった今宮神社のご由緒を思うと、桔梗柄の御朱印帳は、その祈りの意味とも深く響き合います。
今宮神社が鎮座する地は、古くから「紫野」と呼ばれてきました。紫色の桔梗は、その地名とも美しく重なります。紫野の歴史、疫病鎮めの祈り、そして桔梗が持つ気品と魔除けの意味…。そうした要素がひとつに重なったこの御朱印帳は、今宮神社の参拝にぴったりの一冊といえるでしょう。

今宮神社でいただく通常の御朱印には、「紫野 今宮」の朱印や、桜花に「鎮花」と記された印が入ります。古くから疫病鎮めの信仰を集めてきた今宮神社らしい一枚を、桔梗柄の御朱印帳に収めれば、紫野の古社を訪れた記憶を、上品で清らかなかたちで残せるはずです。
この御朱印帳は、友禅和紙ならではの華やかさと、和紙のやわらかな風合いが魅力です。落ち着いた色合いながらも存在感があり、今宮神社はもちろん、京都の神社仏閣めぐりや、厄除け・開運・良縁を願う参拝の記録にもよく似合います。
この御朱印帳はAmazonや楽天市場でも購入できます。今宮神社参拝のお供に、ぜひ手に取ってみてください。
ステキな御朱印帳を片手に、楽しい御朱印集めに出かけましょう!
神社やお寺に行くたびに、その雰囲気や歴史に触れるのってワクワクしませんか?そんな旅の思い出をカタチに残せるのが御朱印です!力強い筆文字や、神社ごとに異なる印影など、御朱印の1つ1つには訪れた場所の個性やストーリーがギュッと詰め込まれています。そして、御朱印帳をパラっと開けば、訪れた際の風景や空気感が一瞬で蘇ります!

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