こんにちは!
オリジナル御朱印帳の制作や、かわいい&カッコいい御朱印帳を手がけている日宝綜合製本の松尾です(^_^)/
今回訪れたのは東京・上野。にぎやかな公園や博物館のイメージが強いこのエリアに、ひときわ落ち着いた時間が流れる場所があります。それが「寛永寺」です。
上野駅からほど近い場所にありながら、一歩境内に足を踏み入れると、喧騒がすっと遠のくような静けさ。ここ寛永寺は、徳川将軍家の菩提寺として建立され、江戸の歴史と深く結びついてきた由緒あるお寺です。華やかな上野の顔とはまた違う、重厚でどこか凛とした空気をまとっています。

今回は、そんな寛永寺を歩きながら、境内の見どころやいただいた御朱印についてご紹介します。
どうぞ最後までお付き合いください。
上野の森に抱かれるように佇む寛永寺は、徳川将軍家の菩提寺としての重厚な歴史を感じさせつつも、どこか開かれた、やさしい空気をまとったお寺です。境内を歩いていると、格式の高さの中に、ふっと肩の力が抜けるような瞬間もあり、上野らしさを感じさせてくれます。そんな寛永寺への参拝のお供として、今回おすすめしたいのが、こちらの御朱印帳です。
寛永寺に持参したい御朱印帳
パンダ親子柄の御朱印帳
上野といえば、やっぱり思い浮かぶのはパンダ。愛らしい姿のパンダはこのほど、上野動物園から故郷の中国へと旅立ってしまいましたが、上野=パンダというイメージは、今も多くの人の記憶に残っているでしょう。
この御朱印帳は、そんな上野らしさをぎゅっと詰め込んだ、パンダ親子がモチーフ。ちょこんと寄り添う姿がなんとも微笑ましく、ページを開くたびに、自然と表情がゆるみます。歴史あるお寺に可愛すぎるかなと思う方もいらっしゃるかもしれませんが、寛永寺の穏やかな雰囲気には不思議とよく馴染むんですよ!

表紙は和紙の風合いを生かしたやさしい質感で、手に取ったときの感触も◎。しっかりとした製本でページの開きが良く、御朱印を書いていただく際も安心です。透明カバー付きなので、参拝を重ねても汚れにくいのも嬉しいポイントですね!
「格式ある場所だからこそ、少し遊び心のある御朱印帳を」。そんな気分にぴったりなのが、このパンダ親子柄の御朱印帳です!寛永寺の御朱印はもちろん、上野周辺の寺社巡りを、より楽しい思い出にしてくれるのではないでしょうか!
現在、Amazonや楽天で販売中ですので、気になる方はぜひチェックしてみてください!
それでは、寛永寺の魅力を一緒に巡っていきましょう!どうぞ最後までごゆっくりお楽しみください!
寛永寺へのアクセスと基本情報
【寛永寺の所在地】
〒110-0002 東京都台東区上野桜木1丁目14番11号
【寛永寺の電話番号】
03-3821-4440
【参拝時間】
午前9時〜午後5時
【寛永寺への電車・バスでのアクセス(最寄り駅)】
●電車
JR「鶯谷駅」から徒歩約7分
京成本線「日暮里駅」から徒歩約9分
都営日暮里・舎人ライナー「日暮里駅」 から徒歩約10分
●バス
東西めぐりんバス「寛永寺」停留所から徒歩約2分
【寛永寺の駐車場】
寛永寺には参拝者用の駐車場がないため、近隣の有料駐車場を利用してください。
寛永寺のご由緒
寛永寺は天台宗の大本山として知られる、東京を代表する由緒あるお寺です。創建は寛永2年(1625年)で、江戸幕府の安定と人々が穏やかに暮らせる世の中を願い、慈眼大師・天海大僧正によって開かれたと伝わっています。
場所は、江戸城から見て北東にあたる上野の台地。当時、この方角は「鬼門(きもん)」と呼ばれ、災いが入りやすいと考えられていたそうです。京都で比叡山が都を守る役割を担っていたように、江戸でも同じ役割を果たす存在として造られたのがこの寛永寺なのだそう。徳川家康公は、この重要な役目を天海大僧正に託したと伝えられています。
やがて寛永寺には、四代将軍・徳川家綱公の霊廟が築かれ、将軍家の菩提寺としての性格も強まっていったと言います。さらに、皇室から住職を迎える「輪王寺宮(りんのうじのみや)」という制度も整えられ、江戸時代には格式・規模ともに日本有数の大寺院へと発展。最盛期には、境内の広さはおよそ30万坪もあったとされ、まさに「江戸の比叡山」と呼ぶにふさわしい存在だったと言われています。

しかし、幕末の上野戦争で大きな被害を受け、その後、広大な敷地の多くは現在の上野公園へと姿を変えていきます。関東大震災や太平洋戦争でも甚大な被害を受けましたが、戦後には霊園を整備し、一般の檀家を受け入れるなど、より身近で開かれたお寺としての役割を担うようになりました。
現在の上野動物園に残る旧寛永寺五重塔や、輪王殿近くに残る戦の痕跡は、寛永寺がたどってきた激動の歴史を、今も静かに物語っています。
ここから「寛永寺」の参拝リポートがスタート!
かつては広大な敷地を誇った東京有数の古刹!寛永寺の見どころ
東京出張の折、足を運んだのが台東区上野。実は江戸時代、現在の上野公園一帯(上野動物園や各美術館を含む)はすべて寛永寺の境内だったんです。
戊辰戦争の折、寛永寺境内は江戸で唯一の戦場となり(上野戦争)、この戦火に巻き込まれ、寛永寺は放火により根本中堂をはじめとした多くの堂宇を焼失、また境内のほとんどを没収されることとなりました。 そして没収された境内は後に上野公園として整備されたそうです。
この地図が当時の寛永寺の境内一帯だったそうです。とても広大ですね~。今回はその中でも中心的な「根本中堂(こんぽんちゅうどう)」と「不忍池辯天堂(しのばずのいけべんてんどう)」を中心に紹介します。

まずは寛永寺の中心御堂「根本中堂」を目指します。最寄駅である「JR上野駅」の公園口に降り立ちました。

根本中堂へは歩いても行ける距離ですが、こちらの公園口からはレトロな「東西めぐりんバス」を利用するのが便利です。料金はどこまでいっても1回の乗車で100円です!

【根本中堂(こんぽんちゅうどう)】歴史の痕跡を辿りながら向かう、寛永寺の中心
バスに揺られること5分程度でしょうか。目的の「根本中堂」に到着しました。周りは住宅街でとても閑静な場所です。
すぐに目的の根本中堂が見えてきますが、その前に少し境内の中を散策します。境内には様々な歴史遺物が展示されていましたよ!

この鬼瓦は、現在「黒門」の通称で親しまれている、寛永寺旧本坊表門(国指定重要文化財)に据えられていたものだそうです。

この寛永寺の鐘楼は、江戸時代に人々へ時刻を知らせる「時の鐘」として使われ、響く鐘の音は、江戸の町に暮らす人々の日常に寄り添う存在だったそうです。

鐘楼の対にある青銅製の燈籠は、戦火を奇跡的に免れた、江戸時代の数少ない現存遺構の一つだとか。 この燈籠は江戸時代から変わらぬ姿でこの地に立ち続けていると言われています。徳川家の葵の紋が確認できました!

境内の散策も一通り終わったので、いよいよ根本中堂にお参りします。
正面からの写真です。大きなお堂ですね!
現在の根本中堂は、実は創建当初からこの場所に建っていたものではないといいます。元々の根本中堂は、現在の上野公園の大噴水広場あたりに建立されていたそうです。ちょうど東京国立博物館の本館が見える方向になりますが、かつての根本中堂はその本館に匹敵するほどの規模を誇っていたとも伝えられています。
しかし、幕末の上野戦争の激しい戦火の中で根本中堂は焼失。放火された際には「3日3晩燃え続けた」という証言が残るほど、壮絶な最期を迎えたといいます。

明治維新後、寛永寺の再建にあたり移築されたのが、現在の根本中堂です。埼玉県の川越にある喜多院の本地堂を移築し、再び寛永寺の中心的なお堂としてよみがえりました。
横から撮影した写真がこれ!

屋根にも徳川家の葵の紋がきらびやかに載っていますね。


【中陣】天井いっぱいに勇壮な双龍が描かれた特別な空間
根本中堂の中に入る参拝料は無料ですが、さらにその奥にある「中陣」へ進むには、拝観料500円が必要です。この中陣は、長らく一般には公開されていなかった特別な空間ですが、寛永寺の創建400周年を記念する大きな節目を迎えたことをきっかけに、その扉が開かれることになりました。
寛永2年(1625年)の創建から400年という大きな節目を迎えた令和7年(2025年)、慶讃事業の中核をなす記念事業として奉納されたのが、天井絵「叡嶽双龍(えいがくそうりゅう)」です。
この天井絵を手がけたのは、東京藝術大学名誉教授で日本画家の手塚雄二画伯。作品は、縦約6m、横12mを超える国内最大級のスケールで、天井板に直接描かれた、まさに圧巻の日本画です。

その天井絵は寛永寺の大きな見どころなので、私も参拝料を支払い中陣を見学させていただきました。中陣に立ち、真下から見上げる「叡嶽双龍」は、写真やパンフレットでは決して伝わりきらない迫力がありました。2匹の龍が天井いっぱいに空を舞う姿は、静かな堂内でありながら、今にも動き出しそうなほどの生命感を放ち、まさに圧巻の一言!思わず言葉を失ってしまいました。写真撮影は不可だったため、じっくりと時間を掛けて目に焼き付けました(^^)
ここではパンフレットの写真を掲載させていただきます。こんな龍の絵が天井一杯に広がっています。パンフレットにはその他の見どころも詳しく解説しているのでありがたいですね!
豪華な記念御朱印も見逃せない!寛永寺の御朱印
根本中堂の参拝を終え、目的の御朱印をいただきます。
御朱印は、根本中堂の左手にある社務所でいただけます。写真のように参拝客の行列が発生している可能性が高いので、時間に余裕を持って訪問するのがおすすめです。

今回いただいた御朱印はコチラ!
根本中堂の入口に掲げられた東山天皇直筆の「瑠璃殿」が記載されています。初穂料は500円。
寛永寺は嬉しいことに、御朱印帳へ直書きしていただけます!書き置きの御朱印もありますよ!

ここではもう一枚、記念の御朱印もいただきました!
こちらは「寛永寺創建400年記念」の御朱印です。トレーシングペーパー素材になっていて、若干の透けがあり、周りの金箔押しが綺麗です。葵の紋も入っていました。こちらの記念御朱印は初穂料1,000円です。


寛永寺の参拝におすすめ!
パンダ親子柄の御朱印帳
東京・上野の象徴ともいえるパンダをモチーフにした御朱印帳。やさしい表情のパンダたちが、寛永寺の落ち着いた雰囲気とほどよく調和し、参拝のひと時をほっと和ませてくれます。
【不忍池辯天堂(しのばずのいけべんてんどう)】琵琶湖になぞらえた不忍池の弁天信仰
「根本中堂」の参拝とお目当ての御朱印をいただいた後は、「不忍池辯天堂」を目指します!
不忍池辯天堂へは、徒歩で上野公園を散策しながら向かいました。途中には現代アートなどが立ち並び、退屈することなく歩くことができます。

途中に「上野動物園」の入口ゲートがありました。この日はパンダがまだ上野公園にいたのですが、午前中に観覧整理券の配布が終わったことのアナウンスが流れていました。パンダにはいつかまた戻ってきてほしいですね。

根本中堂から歩いて約20分で「不忍池辯天堂」の前まで到着しました。この日の辯天堂前はまるで縁日のように屋台が並び、楽しい雰囲気でした。

屋台を横目にしばらく進むといよいよ辯天堂に到着しました!
辯天堂は、不忍池の中に島を築き、その上に建てられたお堂です。水辺に浮かぶような姿はとても印象的で、初めて訪れた際「どうして池の真ん中に?」と不思議に感じるかもしれません。
この配置には、寛永寺を開いた天海大僧正の思想が色濃く反映されているのだそうです。天海大僧正は「見立て」と呼ばれる考え方を用い、上野の山全体を、京都や近江の名だたる神社仏閣になぞらえて構想しました。不忍池は琵琶湖、そして池の中に築かれた弁天島(中之島)は、琵琶湖に浮かぶ竹生島に見立てられています。
竹生島にある宝厳寺に倣うかたちで建立されたのが、この不忍池辯天堂です。創建当初は橋がなく、参拝者は小舟に乗ってお堂へ向かっていたそうですが、次第に参詣者が増えたため、後に橋が架けられたといいます。また、不忍池のどの方角から見ても拝めるように、辯天堂は八角形の造りになっていると伝えられています。
お堂の前にはたくさん提灯が並んでおり、正面からは外観がうまく撮れません。。。この提灯はどうやら常設の様子。ちょっと残念ですね。

少し左手から撮影しました。雰囲気はわかるでしょうか(^^)

こちらは絵葉書に描かれた辯天堂の図柄です。建物の全貌はこうなっているんですね。

不忍池は、7月から8月にかけて一面に蓮の花が咲き誇り、極楽浄土を思わせる光景が広がることでも知られています。ただ、今回私が訪れたのは12月。池一面には写真のように茶色の景色が広がっていました。少し残念ですが、これはこれで静かで落ち着いた、不忍池のもう一つの表情だと感じました。季節を変えて訪れてみたくなる場所ですね。

さっそく辯天堂の中に入って参拝します。
ご本尊として祀られているのは辯才天。音楽や芸能の守り神として広く信仰されており、金運上昇のご利益でも知られています。一般的には琵琶を手にした姿が思い浮かびますが、ここ不忍池辯天堂の辯才天は、8本の腕に煩悩を打ち砕く武器を持つ「八臂辯才天(はっぴべんざいてん)」。この尊像は、毎年9月に行われる「巳成金(みなるかね)大祭」の日にのみ開帳されるそうです。

こちらの辯天堂での注目ポイントは、堂内の天井に描かれている児玉希望画伯による龍の天井絵です!現在の辯天堂は、昭和20年(1945年)の空襲で一帯が焼失した後、昭和33年(1958年)に再建されたもので、この龍の天井絵もその復興の際に納められたものだそうです。ぜひ見逃さないようにしてくださいね(^^)

八角形の朱印が印象的!不忍池辯天堂の御朱印
不忍池辯天堂でも御朱印を配布しています。こちらの御集印もいただきます。

御朱印受領所は辯天堂の中にあります。中に入らなくても外からでも受付可能のようです。こちらでは現金のみの対応となっていました。

不忍池辯天堂でいただいた御朱印はコチラ!辯天堂と同じ八角形の朱印が珍しいですね(^^)

【大黒堂】立身出世のご利益にあやかりたい、今こそ旬なスポット
辯天堂の参拝を終え、その隣にある「大黒堂」も一緒に参拝しました。こちらには豊臣秀吉が大切に持っていたという大黒天が祀られているそう。ちょうど今年は、大河ドラマ「豊臣兄弟!」が放映中ということもあり、世間的にも「豊臣イヤー」といえるタイミング。立身出世のご利益にぜひともあずかりたいですね(^^)

今回のリポートはいかがだったでしょうか、寛永寺のさまざまな伽藍の中で「根本中堂」と「不忍池辯天堂」にスポットを当てて紹介させていただきました。この他にも上野公園一帯には、現在も寛永寺ゆかりの伽藍や歴史の痕跡があちこちに点在しています。ぜひゆっくりと訪れてみてはいかがでしょうか。
パンダ親子のデザインがかわいい!寛永寺にぴったりの御朱印帳
寛永寺への参拝のお供としておすすめしたいのがこちらの「パンダ親子柄の御朱印帳」です。
歴史ある大寺院と聞くと、少し堅めの御朱印帳を思い浮かべがちですが、寛永寺の持つ「開かれた雰囲気」や、上野という土地柄を考えると、この一冊が不思議とよく似合います。
表紙に描かれたパンダの親子は、見ているだけでほっとするようなやさしい表情。残念ながら上野動物園のパンダは中国に返還されてしまいましたが、上野のマスコットキャラクターとも言えるパンダの愛らしさを思い起こさせてくれると共に、参拝の記憶と一緒に温かな気持ちまで感じさせてくれるアイテムです。

和紙の風合いを生かした表紙は、手に取るとしっとりと馴染み、ページの開きも良好。透明カバー付きなので、御朱印巡りを重ねてもきれいな状態を保ちやすいのも嬉しいポイントです。「かわいい」だけで終わらず、御朱印帳としての使いやすさもしっかり考えられています。

寛永寺の御朱印はもちろん、上野周辺の寺社巡りにもぴったりな一冊!上野という場所の記憶をやさしく残してくれる御朱印帳として、きっと良い相棒になってくれるはずです。
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