こんにちは!
全国の御朱印・お城印を集めて巡る旅がライフワーク、御朱印集め応援団長の神宮寺 城一郎です。
御朱印帳づくりに携わる者として、もっと御朱印集めが楽しくなるように、訪れた寺社仏閣の魅力や、私たちが手がける御朱印帳のこともお届けしています。
今回訪れたのは、福岡県の「香椎宮」です。約1800年の歴史をもつ由緒ある神社で、仲哀天皇と神功皇后をお祀りする「夫婦の宮」として親しまれています。
日本で唯一の「香椎造」の本殿や、実際に飲むことができる「不老水」など、見どころが盛りだくさんの神社です。
この記事では、香椎宮を実際に歩いて感じた見どころや参拝のポイント、境内で出会った小さな気づき、そして御朱印についても交えながら、ご紹介していきます。どうぞ最後までお付き合いください。
香椎の杜に鎮まり、仲哀天皇と神功皇后をお祀りする由緒ある古社・香椎宮。国家安泰や開運厄除、そして夫婦円満の神様として篤い信仰を集め、「夫婦の宮」とも称される特別な神域です。長い参道を進み、深い緑に包まれた境内へ足を踏み入れると、どこか凛としていながら、やわらかな空気が漂っています。歴史とご縁の物語が重なるこの場所に、そっと寄り添う一冊を選びました。
香椎宮の参拝に持参したい御朱印帳
【桜結び柄の御朱印帳】
今回ご紹介するのは、「桜結び柄の御朱印帳」です。桜の花びらをリボンのように結んだ意匠が印象的な一冊。桜は日本人にとって特別な花であり、「結び」は古来より「縁」や「つながり」を象徴するモチーフです。この2つが重なり合うデザインは、仲哀天皇と神功皇后という御祭神をお祀りする香椎宮の由緒と、美しく響き合います。

可憐でありながら、どこか品格を感じさせる佇まい。華やかすぎず、しかし確かな存在感があり、香椎の杜の静けさとも自然に調和します。表紙には上質な生地を使用し、やわらかな風合いと手なじみの良さも魅力。御朱印が美しく収まるつくりで、参拝の記憶を丁寧に重ねていける一冊です。
夫婦の神様に手を合わせ、そのご縁をこの御朱印帳に記す…。香椎宮の参拝が、より印象深い時間になるはずです。
この「桜結び柄」の御朱印帳は、Amazonや楽天市場でも購入可能です。香椎宮参拝のお供に、ぜひ手に取ってみてください。
それでは、香椎宮の魅力を一緒に巡っていきましょう!
どうぞ最後までごゆっくりお楽しみください。
香椎宮へのアクセスと基本情報
【香椎宮の所在地】
〒813-0011 福岡県福岡市東区香椎4-16-1
【香椎宮の電話番号】
092-681-1001
【香椎宮の参拝時間】
開門7時30分 閉門17時(御朱印の受付時間は9時~16時50分)
【香椎宮へのアクセス】
●天神駅→地下鉄12分→貝塚駅→電車6分→西鉄「香椎宮前駅」徒歩12分
●博多駅→電車11分→香椎駅→電車3分→「香椎神宮駅」徒歩4分
●バス→天神から約30分→「香椎宮しょうぶ園前」下車すぐ
【香椎宮の駐車場】
約300〜350台が収容できる広々とした参拝者専用の無料駐車場が整備されており、参拝者は自由に利用できます。利用時間は4月から9月までは午前5時〜午後6時、10月から3月までは午前6時〜午後6時まで。
香椎宮のご由緒
香椎宮の起源は、仲哀天皇9年(200年)に神功皇后が自ら祠を建て、仲哀天皇の御霊をお祀りしたことに始まります。その後、神功皇后をお祀りする社殿は、元正天皇の養老7年(723年)、皇后ご自身のご神託により、朝廷の命で九州に建設が始められ、翌年の聖武天皇・神亀元年(724年)に完成しました。この二つの御宮はあわせて「香椎廟」と呼ばれ、一般の神社とは異なる、特別な待遇を受けていたと伝えられています。平安時代からは「香椎宮」と呼ばれるようになり、明治以降は官幣大社香椎宮、戦後は現在の「香椎宮」という社名になりました。
●ご祭神
仲哀天皇(ちゅうあいてんのう)、神功皇后(じんぐうこうごう)
●ご利益
国家安寧、世界平和、家運隆昌、外交、子授け、安産育児、芸能上達、土木治水
ここから「香椎宮」の参拝リポートがスタート!
不老水まで足をのばすべし!愛の神社【香椎宮の見どころ】
前回のブログでご紹介したように、宗像大社・辺津宮から大島の中津宮に船が全便欠航で行くことができなくなってしまい、時間が空いたので予定を変更し「香椎宮」へ行くことにした。
JR鹿児島本線の香椎駅でJR香椎線に乗り換えて「香椎神宮駅」で降りる。

駅から歩いて5分くらいで香椎宮にたどり着く。参拝者用の広大な駐車場が完備されている。

【二の鳥居】勅使道の先に立つ格式ある門
駐車場の西側にある参道・勅使道から境内へ。参道入口には二の鳥居が立っている。一の鳥居はここではなく、西鉄香椎宮駅近く、香椎宮の参道のクス並木が始まる地点に立っている。

鳥居の横には「官幣大社香椎宮」の標石があった。官幣大社というのは、朝廷や国家から、その規模や歴史的意義や祭神などに基づいて選定され支援を受けてきた神社のことで、これにより神社としては安定的に祭祀を行うことができたという。
九州の官幣大社には、宗像大社、筥崎宮、宇佐神宮、宮崎神宮、鵜戸神宮、阿蘇神社、霧島神宮、鹿児島神宮がある。また香椎宮は勅祭社でもある。勅祭とは天皇勅使が来られ直接御祭儀を執り行う祭祀で、勅祭社は全国に17社あり、九州では宇佐神宮と香椎宮の2社のみである。

一礼をして鳥居をくぐり、まっすぐ延びる参道を歩く。


【しょうぶ池・辨財天社】水面に浮かぶ福徳の社
二の鳥居をくぐって参道を進み、香椎川に架かる太鼓橋を渡る。二つ目の太鼓橋の手前、左手に広がるのが「御池(通称しょうぶ池)」である。静かな水面が広がり、その中央の小島にひっそりと鎮座しているのが辨財天社だ。
この辨財天社に祀られているのは、市杵嶋姫命。宗像三女神の一柱としても知られる神であり、財運や開運招福、さらには芸能上達のご利益があると伝えられている。

しょうぶ池には大きな鯉がゆったりと泳ぎ、水面を揺らしている。四季折々に表情を変える池の景色は、参道の厳かな空気とはまた異なるやわらかな趣を見せていた。花しょうぶの見頃は6月上旬だそう。
傍にある案内図を見る。境内はかなり広いようだ。

【三の鳥居】
しょうぶ池からほどなく進むと三の鳥居が見えてくる。昭和13年に建立されたそうだ。
一礼をして第三鳥居をくぐる。

【楼門】香椎造の威厳を感じさせる荘厳な門
三の鳥居をくぐると、正面に堂々とした楼門が現れる。大きく反り上がる屋根の曲線が美しく、思わず足を止めて見上げてしまう佇まいだ。
現在の楼門は、明治36年に再建されたものだという。桧皮葺の二層構造で、総欅の白木造りという贅沢な造りを誇る。左右に延びる筋塀には五本の筋が入り、これは寺社として最高位を示す意匠であるという。格式の高さが、建築そのものから伝わってくる。

【手水舎】
参拝前に手水舎で手を浄める。

ここの手水舎は水が下から沸き上がってくるようになっていた。

【狛犬と案内板】力強き守護と愛つなぐ物語
楼門をくぐると、左右に据えられた狛犬が目に入る。その姿は実に独特。筋骨たくましい前脚に対し、頭部はやや小ぶりだ。全体として重心が低く、どっしりと構えた威圧感がある。
この狛犬は1844年、江戸時代に制作・奉納されたものらしい。左側の吽形をよく見ると、頭部に角が確認できる。獅子の姿をしながらも、いわゆる「高麗犬(こまいぬ)」の系譜を引く造形である。
香椎宮の狛犬は、初めて目にすると少し驚くほどの迫力を放つ。体を大きく見せる構造によって、外敵を睨み据えるような緊迫感を漂わせている。仲哀天皇と神功皇后を祀るこの社は、国家鎮護とも深く関わる存在であり、その守護の象徴としての姿なのだろう。


狛犬の左には大きな「愛つなぐ、香椎宮」と書かれた案内板があった。
この香椎宮の御祭神は、日本武尊(やまとたけるのみこと)の子・仲哀天皇と神功皇后のご夫婦だ。お二人は国内外を平定されるのにこの地に住まわれ、この地で亡くなった仲哀天皇の霊を神功皇后が祀ったのが香椎宮の起源とされている。だからここは愛の神社なのだ。

神功皇后は亡くなった天皇に代わって三韓(新羅・百済・高句麗)を服属させた。またその子の応神天皇は戦に強く、軍神八幡神とよばれ、全国の八幡宮の祭神となる。この香椎宮の近くに筥崎宮があるが、筥崎宮は軍神八幡神の応神天皇を祀っており、勝運の神社とされている。
【御神木「綾杉」】国家安泰を祈る伝説の杉
正面に大きな御神木があった。神功皇后が三韓から帰還された際、剣・鉾・杖の三つの宝をこの地に埋め、さらに鎧の袖に挿していた杉の枝を「永遠にこの国を守りますように」と祈りを込めて一緒に納めたと伝えられている。
この杉は、葉が綾織りのように交互に生えていることから「綾杉」と呼ばれ、国家安泰を象徴するものとして、古くからその杉葉が宮中に献上されてきた。

この御神木の前はフォトスポットとなっている。

【勅使館】勅使が身を清めるための静謐な空間
綾杉のそばに、勅使館がひっそりと佇んでいる。ここは、天皇陛下の御使である勅使が参向された際に、参籠し潔斎(神事・仏事の前に、飲食その他の行為をつつしみ、水浴などして心身を清めること)するための建物だ。勅祭社である香椎宮において、重要な役割を担ってきた場所である。
江戸時代までは、大宮司家であった武内家の屋敷が斎館として用いられていたという。時代とともに形は変われど、勅使を迎えるための清浄な空間が守られてきたのである。
華やかな本殿とは異なり、勅使館はどこか静かで控えめな佇まいを見せる。しかしその存在は、香椎宮がいかに朝廷と深く結びついてきたかを雄弁に物語っている。

【中門・幣殿・拝殿】朱塗りの社殿が連なる祈りの中心
御神木「綾杉」の前の石段を上がると、中門が姿を現す。この門の先に、幣殿・拝殿・本殿へと一直線に続く、香椎宮の中枢空間が広がっている。現在の中門・幣殿・拝殿は、明治31年(1898年)に再建されたものだそうだ。

目を引くのは、朱塗りの優美な幣殿と拝殿である。
幣殿は一般には拝殿と同様の役割を持つ建物だが、香椎宮では古くより勅使が幣帛(へいはく)を捧げる場所であったことから「幣殿」と呼ばれてきたという。幣殿から左右へ透塀が伸び、本殿を取り囲む構造も特徴的で、格式の高さを感じさせる造りである。
その奥に構える拝殿には、「香椎宮」と記された扁額が掲げられている。

正面に立つと、朱の色彩と白木のコントラストが美しく、神域の中心に足を踏み入れたことを実感する。
訪れたのは初詣の時期。拝殿前には多くの参拝者でにぎわっていた。二拝二拍手一拝で参拝する。

【本殿】唯一無二の「香椎造」に宿る格式
拝殿の奥に鎮まる本殿は、香椎宮の中心であり、国の重要文化財に指定されている社殿である。
建立は養老7年(724年)と伝えられ、現在の建物は享和元年(1801年)、第10代福岡藩主・黒田斉清(長頼)によって再建されたと伝わっている。長い歴史の中で受け継がれてきた祈りが、この社殿に凝縮されている。
特筆すべきは、その建築様式だ。本殿は「香椎造」と呼ばれ、日本で唯一とされる独自の形式を持つ。入母屋造平入を基調にしながら、切妻屋根が複雑に組み合わさり、正面には大きな千鳥破風を備える。さらに左右には車寄せが張り出し、重層的で変化に富んだ外観を形づくっている。
屋根の線は力強く、しかしどこか優美だ。複雑でありながら調和を保つ姿は、まさに格式と品格の象徴と言えるだろう。


香椎宮の参拝におすすめ!
「桜結び柄」御朱印帳
夫婦の宮として親しまれる香椎宮にふさわしい、桜と結びをあしらった上品な一冊。ご縁を象徴する意匠が、仲哀天皇と神功皇后の絆の物語とやさしく響き合い、参拝の時間をより心に残るものにしてくれます。
【奉楽殿(そうがくでん)】雅楽が響く祈りの舞台
境内の一角に建つ奉楽殿は、雅楽や舞といった芸能を神前に奉納するための建物である。幣殿や拝殿と同じく明治期に再建されたもので、香椎宮の祭礼を支える重要な空間だ。
香椎宮は、神功皇后創建と伝えられる由緒ある勅祭社。その祭典において、音と舞は欠かせない要素であり、春秋の大祭や月次祭では、ここで神事のための雅楽が奏でられ、神前に厳かな調べが満ちる。
なかでも毎年9月に行われる「観月祭〜雅楽の調べ〜」は有名で、奉楽殿が特設の舞台となり、月明かりの下で雅楽の演奏や舞が奉納されている。夜の杜に響く笙や篳篥の音色は、日中とは異なる幻想的な空間を生み出すそうだ。
また、香椎宮に伝わる「獅子楽」は県指定無形民俗文化財であり、4月と10月の大祭で氏子により奉納されている。この奉楽殿を含む神域が、その舞台となるという。

この日は500円でチャレンジできる「新春開運福みくじ」も行われていた。景品が現代的で豪華だ。

格式を映す端正な一枚【香椎宮の御朱印】
境内をまわったあと、御朱印をいただきに行く。御朱印は本殿右手の授与所で授与されている。

香椎宮の御朱印はスタンダードなもののほか、「勅祭記念限定御朱印」「季節限定御朱印」「特別御朱印」の4種類が用意されていた。

今回はスタンダードな御朱印をお願いする。菊花紋章印と神社印に重ねて、右上に「奉拝」、真ん中に「香椎宮」の文字が墨書きされている。書置きのみ。初穂料は300円。

御朱印をいただいた後、仲哀天皇の墓所跡という「古宮」へ足を運んでみることに。

【巻尾神社】
古宮へと続く道の途中にあるのが香椎宮の摂社である「巻尾神社」。仲哀天皇・神功皇后に仕えた五大臣の一人である中臣烏賊津大連命(なかとみのいかつおおむらじのみこと)をお祀りしており、勝負運の向上や武芸上達のご利益があるとされている。

【古宮・神木「香椎」】起源の地に残る静かな聖域
本殿から北東へ百数十メートルほど歩いた場所に、「古宮」と呼ばれる一角がある。入口の看板には「香椎宮起源の地」と記されている。

入り口の石段を上がると、境内とはまた異なる凛とした空気に包まれる。参拝者の姿もまばらで、ひときわ静寂が深い。ここは、仲哀天皇の行宮であった橿日宮の跡地と伝えられる場所である。この地に営まれた仲哀天皇の廟は、後に神功皇后廟とあわせて「香椎廟」と呼ばれるようになったそうだ。

正面には門で閉ざされた敷地があり、その奥に玉垣で囲まれた一本の椎の木が立つ。これが地名の由来とも伝えられる御神木「香椎」である。香り高い椎の木、その名が、この地を象徴する存在として受け継がれてきた。
御神木の前に立つと、時の流れが緩やかになるように感じる。華やかな社殿とは異なり、ここにはより素朴で原初的な気配がある。

さらに右手の森へと続くなだらかな坂道を進むと、仲哀天皇の墓所跡と伝えられる場所が現れる。鬱蒼とした木々に囲まれたその空間は、歴史の奥行きを静かに物語っている。
香椎宮の原点ともいえる古宮は、賑わう本殿とは対照的に、祈りの始まりを感じさせる、ひそやかな聖域のように感じた。

古宮に続いて、途中に案内のあった「不老水」なるものが気になったので足をのばしてみる。



【不老水大明神】三百歳伝説が残る霊泉
古宮から森の小径を歩いておよそ十分。境内の裏手に、朱色の柵と鳥居に囲まれた一角が現れる。ここが「不老水大明神」である。
この井戸は、上古大和時代の大臣・武内宿禰が、仲哀天皇・神功皇后に従って香椎の地に滞在した際に掘ったと伝えられている。朝夕この水を汲み、天皇皇后に献上する御飯や酒を調え、自らもこれを用いた結果、三百歳を超える長寿を保ったという伝説が残る。

不老水は「御飯の水」「老の水」とも呼ばれ、古くから病を祓い、寿命を延ばす霊力があると信じられてきた。天平宝字四年には井戸が修復され、再び霊泉として整えられたという。「不老水」の名が広まったのもこの頃とされる。

清らかで甘美な水は、綾杉の葉を添えて朝廷に奉献されたとも伝わる由緒ある名水である。今もなお、その伝説に惹かれて多くの人がこの泉を訪れている。この日も水をくみ上げている地元の方の姿があった。

大きなタンクを手に持ったその方とすれ違いざまに「家で使われるのですか?」と尋ねたところ「まろやかですよ」と。

扉を開けると、井戸にふたがしてあった。左にはひしゃくがかけられていた。

ふたを開けて水面をのぞき込む。スピリチュアルな気配が漂っている。古代の祈りとともに、長寿への願いが今もひそやかに息づいている感じがする。

バッグにあった空のペットボトルにひしゃくで水を入れ、軽く流してから、再び井戸の水を入れさせてもらった。

少しだけ飲んでみる。うん、確かにやわらかな味がする水だ。もう最強かもしれない。これで私は「不老」だ!
※あとで調べると、一度煮沸してから飲むのがいいとのこと!※

【武内神社】長寿と知恵を授ける忠臣の社
再び香椎宮の境内に戻り、健康長寿・病気平穏の「武内神社」に参拝する。

ここに祀られているのは、仲哀天皇と神功皇后に仕えた五大臣の筆頭、大臣・武内宿禰命(おおおみたけうちすくねのみこと)。五代の天皇に仕えたと伝えられる忠臣であり、先ほど訪れた香椎の不老水の伝説とも深く結びつく存在だ。健康長寿、病気平癒、知恵向上、学業成就といったご利益があるとされている。

【稲荷神社・鶏石神社】子どもと食を守る二つの社
境内の一角に、ひときわ鮮やかな朱色の鳥居が二基並んで立っている。そこに鎮座するのが「稲荷神社」と「鶏石神社」である。
稲荷神社は、五穀豊穣、商売繁盛、産業発展の神として広く信仰を集める。日々の営みと暮らしを支える、食と仕事の守り神である。
一方の鶏石神社は、修理固成…国を整え治める力を象徴し、五徳向上、養鶏、さらには子どもの夜泣き封じなどのご利益があると伝えられている。子どもの守り神として、地域の人々に親しまれてきた社である。

かつてこの二社には、子どもたちが餅を供えたり、参拝者に甘茶や駄菓子を振る舞ったりする「お接待」の風習があったという。守り神へ感謝を伝える、温かな交流の場であったそうだ。
その思いを受け継ぐかたちで現在催されているのが「香椎の杜 あおぞらたまご市」。命をいただくことへの感謝、そして健やかに成長する子どもたちへの祝福を込めた催しなのだそうだ。散歩の延長のような気軽さで楽しめる、普段着の祭りでもあるという。
香椎宮がただ格式高い古社であるだけでなく、地域の暮らしとともに息づいている場所であることがよくわかる。
【扇塚】舞芸を見守る扇の供養塔
御神木「綾杉」から右奥へ進んだ場所に、「扇塚」の碑がひっそりと建っている。その名のとおり、扇子を供養するための塚であるらしい。
舞芸の神とも称される神功皇后に、使い古した扇を納め、その労をねぎらい感謝を捧げたいという思いから、民踊協会の人々によって建立されたという。芸事に携わる人々の祈りが込められた場所である。
毎年6月に行われる「扇としょうぶ祭り」では、この扇塚で扇供養祭が執り行われているそうだ。役目を終えた扇に感謝を捧げるその光景は、物を大切にする日本の心を今に伝えている。

【軍艦香椎慰霊碑】杜に眠る練習巡洋艦の記憶
御神木「綾杉」から少し離れた場所に、亀乃池と呼ばれる静かな池がある。その水辺の奥にひっそりと立つ石碑が「軍艦香椎顕影之碑」である。
この碑は、旧日本海軍の練習巡洋艦「香椎」の乗組員を慰霊するもの。艦名はここ香椎宮に由来し、昭和16年(1941年)に竣工。香取型練習巡洋艦の三番艦として誕生したが、時代はすでに戦時下にあり、実戦配備され南方作戦などに従事した。
その後は船団護衛や海上警備にあたり、終戦間際の昭和20年(1945年)1月、南シナ海カムラン湾沖で空襲を受け撃沈。艦長を含む621名が命を落とした。
碑の周囲には、乗組員一人ひとりの名が刻まれている。緑がかった石は周囲の木々に溶け込み、静かに時を刻む。遠い海で散った魂は、艦名の由来となったこの香椎の地で、今も丁重に弔われている。

【武内宿禰(たけのうちのすくね)像】五代に仕えた忠臣の姿
勅使館の東側に立つのが、武内宿禰像。その姿は、幼い応神天皇を抱く姿で表現されている。
応神天皇を抱く像は、次代を支え、国を守り抜いた象徴のようにも見える。長寿と忠誠、そして国家安泰への祈りが、この像に込められている。

【早辻神社】古代豪族を祀る静かな社
境内に鎮座する早辻神社は、御田氏の氏神である大伴武以大連(おおとものたけもつのおおむらじ)と、清原氏の祖神・清原眞人氏貞(きよはらのまひとうじさだ)をあわせて祀る社である。
いずれも古代に名を残す氏族の祖とされる人物で、地域の歴史と深く結びついた存在だ。例祭日は7月16日。

香椎宮を後にし、帰宅後は不老水を煮沸して冷やしておく。翌日、焼酎に入れて飲んでみた。いつもと味が違う!おいしい!
ご縁を結ぶ「桜結び柄」の一冊【香椎宮にぴったりの御朱印帳】
今回の香椎宮参拝リポートはいかがでしたでしょうか。
仲哀天皇と神功皇后という、深い絆で結ばれた御祭神をお祀りする香椎宮。古くから「夫婦の宮」と称され、縁結びや家庭円満を願う参拝者が多く訪れます。国家鎮護の歴史を持ちながらも、人と人とのつながりを大切にしてきた神社です。
そんな香椎宮の参拝にふさわしい一冊としておすすめしたいのが、「桜結び柄」の御朱印帳です。

桜は、日本文化において出会い、門出、そしてご縁を象徴する花。その花びらを結びの形にあしらった意匠は、「人と人」「想いと願い」をやさしく結びとめる意味を持っています。可憐でありながら品のある佇まいは、香椎の杜の静けさともよく調和します。
香椎宮で手を合わせ、いただいた御朱印をこの一冊に重ねていく。ページを開くたびに、結んだ想いが花開くような祈りがそっと心に蘇ることでしょう。
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福岡【宗像大社の御朱印】案内!神秘の高宮祭場など見どころもレビュー